第55話 謎肉の正体は?
突然現れた少女は、八重歯が特徴的な非常に可愛らしい顔立ちをしていたが、何とも目のやり場に困る格好をしていた。
何やら体にピタリと張り付く水着のようなものを各所に身に付けているのだが、それ以外は裸同然の格好をしていて、下手に動くと色々と見えそうで危ういと思った。
一応、エメラルドグリーンの長い髪の毛によって幼い肢体は上手く隠されているが、これが少女の未成熟な肢体でなく、妙齢の女性であったら俺の精神は平静を保つことができなかったであろう。
「えっと……」
突然現れ、ニコニコとこちらを見ている謎の少女に、俺は戸惑いながらも勇気を出して声をかける。
「その……君は?」
「ルー? ルーはルーだよ」
「ルーって……」
自分のことを指差して名前を告げる少女を見て、俺は信じられないものを見るように目を限界まで見開いて彼女に尋ねる。
「も、もしかして君は、さっきのグリーンドラゴンなの!?」
「うん、ルーだよ。人間の勇者に付けてもらったの。だから人間、ルーのことはルーって呼んで」
何やら気になる単語が飛び出したが、どうやらこのルーという少女はあのグリーンドラゴンで間違いないようだ。
エレナが大人から少女へと変身する魔法を見ていなければ、きっと俺は変な奇声を上げて驚いていたかもしれない。
だが、ここは日本ではなく、魔法もあればドラゴンもいるファンタジー世界なのだ。
巨大なドラゴンが一人の少女に変身することぐらいあってもおかしくない。
すっかりファンタジー世界の出来事に順応した俺は、大きく頷いて少女、ルーに笑顔で頷く。
「うん、よろしくねルー。ちなみに俺は春斗っていうんだ。こっちはエレナ、よかったら俺たちも名前で呼んでくれると嬉しいかな?」
「エレナじゃ。今日はハルトが美味い飯を食わせてくれるから、期待していいぞ」
「わかった。ハルトにエレナだね。ルー、覚えた」
こっくりと大きく頷いたルーは、両手を広げていきなり俺たちの首に抱きついてくる。
「ハルトにエレナ……ウフフ、やった! ルーの新しいお友達」
名前で呼び合うことが余程嬉しいのか、ルーは俺とエレナの名前を交互に何度も呼びながら頬をスリスリと寄せてくる。
その無邪気な様子に、俺とエレナは顔を見合わせて揃って苦笑する。
この少女が、冒険者たちを震え上がらせた強大な力を持つグリーンドラゴンと同じとはとても思えなかったのだ。
その愛らしい姿をいつまでも眺めていたいと思うが、ルーが嬉しそうに飛び跳ねると色々と見えてしまいそうで目のやり場に困る。
「その……エレナ、お願いできる?」
「わかっておる」
俺の視線から何が言いたいか理解したエレナは、自分の着ているダボダボの藍色のローブを脱ぐと、それをルーの頭からすっぽり被せてやる。
「ほれ、ルーよ。人間の格好をするのなら、服の一枚ぐらい着ておけ」
「わぷっ……むぅ、変な感じ」
いきなりローブを被らされたルーは、ローブの裾を摘まんで不満そうな顔をする。
「エレナ……ルー、これいらない」
「我慢するのじゃ。それに、服を着てくれんとハルトが料理に集中できんじゃろ。美味い飯を食いたいのなら、言うことを聞くのじゃ」
「そう……なの?」
ローブに半分顔を埋めたルーの質問に、俺はコクコクと何度も頷いてやる。
「わかった。ルー、我慢する」
あっさりとエレナの提案を受け入れたルーは、ニッコリと笑って先程俺の前に差し出した肉の塊を指差す。
「それよりハルト、ルー、お肉持って来た」
「あっ、うん……そうだね。肉だね」
ルーが持って来たのは、五十センチほどもある巨大な肉の塊だった。
綺麗に皮が剥かれた肉の塊は、見事なピンク色をしていかにも新鮮といった様子ではあったが、それよりも気になることがあった。
そもそも、一体何処からこんな肉が出てきたのだろうか?
既に血抜きはされているのか、出血している様子はない肉の塊を指差しながら俺はルーに尋ねてみる。
「ねえ、ルー……これって何の肉?」
「これ? これはルーの尻尾だよ」
「えっ?」
「ほら、これこれ」
そう言ったルーは、クルリと反転してお尻を向けると、先が欠けてピンク色の断面図が見えている尻尾を見せてくる。
「あのね、食べやすいように皮剥いてあげたよ。ルー、えらい?」
「う、うん、とっても偉いけど……痛くないの」
「うん、痛くないよ。尻尾ってね、切っても勝手に生えてくるの。不思議だよね」
「う、うん、不思議だね」
どうやらドラゴンの尻尾もトカゲの尻尾とかと同じように簡単に切ることができて、自然にまた生えてくるようだが、果たしてこれを食べて大丈夫だろうか?
「ねえ、エレナ……」
「流石のワシも、ドラゴンの肉は食したことはないぞ」
俺が質問するより早く、エレナが答える。
「まあ、毒はなさそうじゃから、実際に食してみるのが一番じゃろ」
「そう……だね」
実際に目の前にある肉の塊と、ルーの尻尾の対比が合っていないとか色々と疑問はあるが、確かに食べてみないことには評価のしようがない。
俺は無事だったバスケットの中から愛用の包丁を取り出すと、笑顔でこちらを見ているルーに話しかける。
「それじゃあルーの尻尾、いただくね」
「うん、どうぞ。ルーも時々食べるけど、おいしいよ」
「そ、そう……」
自分の尻尾を食べるんかい。と心の中でツッコミを入れながら、俺は肉の塊へと包丁を走らせる。
硬いかと思われた肉は、意外にもすんなりと包丁を走らせることができ、とりあえず薄くスライスして焼いて食すことにする。
エレナの魔法で火を点けてもらい、塩コショウをふりかけた肉をフライパンで焼いていく。
すると、肉の中から油が次々と出てきて、辺りにおいしそうな匂いが立ち込める。
「これは……」
「うむ、実にうまそうじゃな」
「いいにお~い」
エレナだけでなく、ついでにルーも口からダラダラと涎を垂らして物欲しそうに肉を見るので、俺は黙って三枚目の肉を追加する。
そうして両面にしっかりと焼き色が付くまで肉を焼いた俺は、二人の少女に肉を差し出してから自分でも食べてみる。
「――っ!? これは……」
「ふむ、程よく油が乗っていてとっても美味いな」
「すご~いルーの尻尾、いつもよりとってもおいしくなってる」
てっきりカエルとかでよくある鳥のささみ肉と似たような味を想像していたのだが、ドラゴンの肉は高級和牛に匹敵するような上質の油を内包した柔らかくてとってもジューシーな肉だった。
塩コショウだけのシンプルな味付けをしただけに、肉の美味さをダイレクトに味わうことができた俺は、大きく頷きながら二人の少女に自信を持って頷いてみせる。
「うん、この肉なら間違いなく最高の……事前に用意したものよりさらに美味い料理を作ることができるよ」
「本当?」
「ああ、ルー、ありがとう。君のお蔭だよ」
「えへへ~」
嬉しそうにはにかむルーの頭を撫でながら、俺はエレナに問いかける。
「じゃあ、早速調理を開始するけど、エレナにも手伝ってもらっていいかな?」
「無論じゃ。ワシだってハルトと旅をして成長したのじゃ。それで、何をすればいいのじゃ?」
「実はね……」
そう言って俺は、エレナにして欲しいことを説明していった。
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