第25話 物足りないランチタイム

 予想はしていたが、エレナの機嫌は料理が運ばれてくると同時にあっさりと治った。


 最初に出てきた前菜は、白いプレートの上に所狭しと並べられた小さなグラスに盛られた野菜を中心としたもので、意外にもカルパッチョのような生の魚が出てきた。


 他にも色鮮やかな野菜のテリーヌのようなものや、謎の袋に包まれた魚介の旨味がたっぷりと含まれたブイヤベースのようなもの、ハーブとバターのソースがかけられた白身魚のソテーのようなものに、シェフのお任せらしいサラダ、メインは巨大なエビみたいなもののグリルといったコース料理の定番らしいメニューが次々と出てきて、俺たちはそれぞれの料理に舌鼓を打った。



 どうして「らしい」という単語を連発しているのかと言うと、料理の名前からはどんな食材が使われているのかがわからず、見た目と味から推察したものを言っているからだ。


 ちなみに最初の前菜は『潮騒の思い出、春風と共に……』で白身魚のソテーは『フロッセ・アロンソ、貴婦人の微笑み』という名前らしい。


 一体何をどうしたらこのような料理名になるのかわからないが『春風と共に』なんて、何でも食べるピンクの可愛いらしいキャラクターが出てくるゲームでしか聞いたことがない。



 一応、ボーイからそれぞれの料理について簡単に説明があったのだが、この世界の食材をメインに使っているからか、肝心な部分が俺には全く理解できなかった。


 さらに事細かに料理の子細を伝えられた為か、いつもなら嬉々として料理の感想を言うエレナもそれ以上は言うことがないのか、淡々と出された料理を食べるだけだった。


 その所作は相変わらず美しかったが、いつもの楽しそうに感想を言いながら食べるエレナを見るのが好きな俺としては、何だか物足りないランチとなってしまった。




「ふむ……まあまあじゃったの」


 最後に出てきた一口サイズの焼き菓子を頬張りながら、エレナは俺に向かって笑いかける。


「ハルトよ。どうじゃった。この店の料理は口に合ったかの?」

「そうだね。とても美味しかったよ」


 出てきた料理はどれも上品で、洗練されたシェフによって作られた至極の一品であることは間違いなかった。


 このコース料理が幾らするのかは知らない。きっとエレナと一緒に来なければ、一生味わうことができなかった品々であることは間違いない。


「でも……」

「でも?」


 ニヤニヤと笑いながらこちらを見るエレナに、俺は最後に残ったワインを一気に飲み干して素直に思ったことを口にする。


「高級過ぎて俺には勿体なさ過ぎたかな? 正直、俺にはもっと庶民的な料理が似合うよ」

「ククク、そうかそうか……」


 エレナは肩を震わせて笑ったかと思うと、片方の唇を吊り上げてニヒルに笑う。


「奇遇じゃのう。実はワシもそう思っていたところじゃ。入り口での若造の態度が気に入らなかったのと、物は試しと背伸びしてみたが、堅苦しゅうて叶わなんのう」

「そうそう……ってそう思ってたの俺だけじゃなかったんだね」

「そういうことじゃ、全くワシ等はとことん似た者同士じゃのう」


 その言葉に俺たちは顔を見合わせると、揃って声を上げて笑い合う。


 もし、この場に店の人がいたらさぞ怒ったかもしれないが、幸いにもテラス席には俺たち二人以外は誰もいないので、思う存分笑い続けた。




 たっぷりと時間をかけて、気持ち的にちょっと物足りないランチを食べ終えた俺たちは、再び港に戻って今日の夕食の材料を買うことにした。


「ハルト、今日の夜はガツンとボリューム満点なの頼むぞ」

「はいはい」


 ついさっき食べたばかりで、間髪を入れずに夕食のことを考えられるのは、流石は食べることが何よりも大好きなエレナということだろうか。


 といっても、あのレストランで優にのんびり三時間はかけて食事をしていたので、すぐにでも夕食の材料を買わないと日が暮れてしまいそうだった。


 実を言うと、今日の夕食のメニューのメインは既に決めてある。


 港町に来てあの香辛料を手に入れたとなれば、作るのは見た目にも華やかなあの料理しかないと思っていた。

 俺は子供の姿に戻り、無邪気に色とりどりの魚を見ているエレナに話しかける。


「エレナ、今から言う材料が欲しいんだけど……」

「うむ、任せるのじゃ。見てみろ、このエビなんかまだ生きておるぞ」

「ハハッ、じゃあせっかくだからそれもいただこうか?」


 嬉しそうにエビを掲げるエレナを見て、俺は思わず笑みを零しながらエビと他に必要な魚介を次々と告げていった。



 魚介以外に必要な材料を買い揃える頃には、陽が傾いて空が茜色に染まっていた。


「さて、それじゃあ宿に向かおうか」

「うむ、既にキッチンのついた宿は調べてある。今夜はたらふく食べるから、覚悟するといいぞ」

「ハハッ、お任せを」


 小さくても変わらず尊大な態度との賢者様に、俺は恭しく頭を下げてみせる。

 そんな他愛のないやり取りをした後、俺たちはエレナが調べたという宿に向かうことにする。


 その途中で、


「あ……」


 俺は視界の端に、昼前に見た男の子がまだ同じ場所にいることに気付く。

 まるでそこだけ時間が止まっているかのように微動だにしない男の子を見て、俺はいよいよ心配になって前を行くエレナに声をかける。


「あの、エレナ……」

「なんじゃ、あの子供か?」

「うん……」


 こちらを見ていなくても俺の考えていることなどお見通しなのか、呆れたように振り返ったエレナにお願いをする。


「ちょっと気になるから、あの子に話だけでも聞いてみていいかな?」

「まあ、確かに今の今まであそこにいるのは、尋常ではないな。何があったのか、話を聞くぐらいはしてもいいじゃろ」

「あ、ありがとう」


 エレナから了承を得た俺は、買った荷物が落ちないようにしっかりと胸に抱えると、沈む夕日を眺め続ける男の子に話しかけるために駆け出した。

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