第24話 ドレスコードは突然に
香辛料を買った後はエレナと二人、色んな国から運ばれてきた珍しい品物を見て回り、色んな国の店主たちと話をして過ごした。
ゆっくりと観光している間に昼時になり、エレナではないがお腹も空いてきたので、何か食べるために街中へ戻ることにした。
「それにしても、本当にひっきりなしに船が来るな……」
積み荷を降ろした船が立ち去ると、すぐさま別の船がやって来る。
昼時も関係なしに働き続ける人たちを見ながら、視線を横にずらしていく。
すると、
「ん?」
大勢の人が行き交う港の中に、少し場違いな人物がいるのに気付いて俺は立ち止まってその影を見る。
「……子供?」
大勢の大人の中に混じって子供……日焼けした黒髪の男の子が一人、何やら海の向こうをジッと睨んだまま佇んでいた。
まるで親の仇でも探すように、無言のまま海を睨み続ける男の子は明らかに異質を放っていたが、周囲の大人は彼の存在が見えていないかのように全く意に返さないでいた。
別にあの子が知り合いに似ているとか、何か危険な空気を纏っているとかそういうわけではないが、ただ何となくあの男の子の様子が、異国の地で迷子になっていた俺と似ているような気がしたからだ。
「ハルト?」
急に立ち止まった俺を見て、前を行くエレナが振り返って尋ねてくる。
「なんじゃ、あの子供に何か思うところでもあるのか?」
「そうだよね。エレナにもあの子供の姿は見えているよね?」
「……当然じゃろ? あの子供は何処にでもいるごく普通の子供じゃ」
「そう……だよね」
あの子のことは気になるが、もしかしたら漁に出た家族の帰りをただ待っているだけかもしれない。
下手に声をかけて不審者扱いされたら色々と面倒なことになりそうなので、俺は最後にもう一度だけ男の子の様子を確認して振り返ると、心配そうにこちらを見ているエレナに笑いかける。
「大丈夫、ちょっとあの子が気になったけど、もういい加減お腹ペコペコだよね」
「全くじゃ。これで店の材料が品切れを起こしていたら、ハルトには責任を取ってもらうからの」
「わかったよ。その時は、エレナが腹いっぱいになるまで俺が料理を振る舞うからそれでいいだろ?」
「約束じゃぞ」
二カッと笑いながら手を差し出してくるエレナの手を取りながら、俺たちは街の中にある食事を提供してくれる店へと向かう。
願わくは、お店にちゃんと材料が残っていますようにと願いながら……
余裕だろうと思っていたご飯が食べられる店捜しは、思った以上に難航した。
どうやらこの時間は、港で働く人たちと、他所からやって来た船乗りたちが一斉に港近くの店に殺到するようで、訪れた店は既に外まで凄い行列になっていた。
ならばと、どんどん街の中へと入って行くが、どの店も既に材料を使い切ってしまったという報告を聞くばかりで、俺はいよいよエレナが満足いくまで料理をし続けなければならないのかと覚悟した。
そうして徐々に街の上層部、どちらかというと裕福な客を対象としたレストランへとやって来たところで、ようやく食事にありつけそうな店へと辿り着いた。
だが、俺たちが食事をしたいと店前に立つボーイに申し出たところで、
「申し訳ございません」
どういうわけか、彼は深々と頭を下げて謝罪してきた。
「えっ、ど、どういうことですか?」
「そうじゃ、見たところ客など殆どいないではないか! まさかここも既に材料が尽きたとか申すつもりか!」
「いえ、そういうわけではないのです」
俺たちの質問に、ボーイは表情一つ乱すことなく、淡々と俺たちが食事をできない理由を話す。
「当店は特別なお客様を対象とした店でして、その条件に満たない方はお断りさせていただいているんです」
「それって、ドレスコードみたいな感じということですか?」
「はい」
さも当然という風に言ってのけるボーイを見て、俺とエレナは顔を見合わせる。
俺はいつものTシャツにデニムパンツ、エレナも大人になっても問題ない格好だというワンピースに体をすっぽりと覆うローブという出で立ちだ。
一応、エレナの魔法で毎日体と一緒に服も洗ってもらっているので、不潔なことは一切ないのだが、高級な店に立ち入っても目くじらを立てられない格好かと言われると、流石に違うような気がした。
あからさまに不満そうな顔をしているエレナに、俺は念のために尋ねてみる。
「……ちなみにだけど、こういう店に入れそうな服って持ってる?」
「ワシが無駄な荷物を持つのを嫌うのは知っておろう?」
「だよね」
俺はエレナ曰く無駄な荷物だらけだが、九割は料理に使うものなので仕方ないと思ってほしい。
そして当然だが、俺もこういう店に入れるような正装は持っていない。
「はぁ……そういうことなら仕方ないか」
まさかドレスコードに引っ掛かって食事ができないとは思わなかったが、それが店の方針なら仕方ない。
「エレナ、しょうが……」
ないよ。と言おうとしたところで、俺は唖然とした表情で固まる。
それは正面に立つボーイも同じようで、彼もまた驚愕に目を見開いていた。
そこには一瞬にして大人の姿に戻った銀の賢者がいた。
エレナはゆっくりとした所作で大きくなった胸を持ち上げるように腕を組むと、鋭い視線でボーイを睨みつける。
「は、はい、今すぐに!」
エレナは何も話をしていないのにボーイは慌てたように踵を返すと、もつれる足を必死に動かしながら店の中へと駆けていった。
そこからの出来事は、まさに劇的の一言だった。
店のオーナと思しきでっぷりと太った中年男性と一緒に戻って来たボーイは、エレナに向かってペコペコと何度も平謝りして、そのままの格好で構わないから是非とも食事をしていってほしいと逆にお願いされてしまった。
そこに一体、どのようなやり取りがあったかは不明だが、下手に詮索するとエレナがまた不機嫌になりそうなので、俺は黙って彼女の後に続くだけにしておいた。
そうして案内された席は、この店で一番いい席だという海が見えるテラス席だった。
「たまにはこうした落ち着いた場所で飯を食うのも悪くないの」
席に着いて運ばれてきた白ワインを一口飲んだエレナは、「ほう」と小さく溜息を漏らすと、真っ白なテーブルクロスに肘を付いてこちらを見てニヤリと笑う。
「それにしてもハルトよ。お主、ワシに何も聞かないのじゃの?」
「……さあ、別に聞く必要なんかないだろ?」
エレナが何を言いたいのかはわかってはいたが、俺は敢えて惚けることにする。
俺としてはエレナが何をしたかより、これから何を食べられるのかの方が気になっていた。
「それより注文とかしてないけど、このまま待ってればいいのかな?」
「うむ、この店で一番高い料理を頼んでおいた。後は待つだけで勝手に料理が出てくるぞ」
エレナは小さく嘆息すると、照れたように笑いながら椅子に背を預ける。
そうして顔を伏せたエレナは、小さく何事か呟く。
「…………なのじゃ」
「えっ? 何か言った?」
「んなっ!? な、何でもないわい! どうしてそこで余計なことを聞くのじゃ!」
「あっ、ゴメン……」
ここでも黙っておいた方が良かったのか、顔を真っ赤にして「全く、これだからハルトは……」と言いながら憮然とした態度をするエレナを、俺はひたすら謝りながら宥め続けた。
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