第28話 花咲く笑顔
もったいぶるため、二つのフライパンに蓋をして食卓へと運んだ俺は、お腹を空かせた二人の子供と、同じ表情を浮かべている銀の賢者様に完成した料理を披露する。
「はい、これがシーフードパエリアだよ」
料理名を言いながら同時に蓋を取ると、ぶわっ、と白い湯気を発生させながらフライパンの中身が露わになる。
「あっ!?」
「……えっ?」
「何と!?」
披露された料理を見た三人は、三者三様に驚いた顔をする。
それは、サフランを使って炊き上げた色が、事前に予想していた色と違っていたからだった。
「ハ、ハルト、米が……米が黄色いではないか!」
「そうだよ。驚いたかい?」
俺の問いかけに、三人は揃って頷く。
「サフランのめしべは赤い色をしているけど、中に含まれるクロシンという色素は黄色くて、この色素が水に溶けだして鮮やかな黄色になるんだ」
「なるほど……ワシ等はまんまとサフランの見た目に騙されたというわけか」
騙されたことすら嬉しいのか、エレナは何度も頷きながら黄色に輝くパエリアをまじまじと見る。
「染料として使われる草木は決して少なくないが、それを料理に使うとは実に面白い。さてはて、果たしてどのような味になっているのやら……」
今にも涎を垂らしそうになっているエレナの前に、たっぷりの魚介類を乗せた山盛りのパエリアを置いてやる。
「では、ありがたくいただくのじゃ」
初めて見るであろう黄色い米にも臆することなく、エレナはスプーン一杯にパエリアを掬うと、大きな口を開けて一気に頬張る。
「…………ふふ、ほへはふはひは」
「エレナ、ちゃんと飲み込んでから喋ろうな」
「…………ほむ」
俺の指摘にこっくりと頷いたエレナは、もきゅもきゅと口を大きく動かしてしっかりと咀嚼してから飲み込むと、大輪の花が咲いたかのような笑顔を見せる。
「うまい! 米の黄色ばかりに目が行きがちだが、この料理の主役はこれじゃな!」
そうしてエレナは、有頭のエビを手に取り、器用に殻を剥いて頬張ると、確信を持って頷く。
「うむ、これじゃ。このエビの濃厚な旨味が随所から感じるのじゃ。のう、ハルトよ。他にも魚介は入っておるのに、どうしてエビの旨味だけが突出しておるのじゃ?」
「それはね……」
相変わらず的確に料理の肝を突いてくれるな、とエレナの舌に感心しながら、俺はシーフードパエリアのおいしさの秘密を話す。
「米を入れる前に魚介類を取り出すんだけど、この時にエビの頭を潰してエビのみそをスープに加えるんだ。これで魚介の風味が一気に深まるんだ」
「なるほど……エビのミソと来たか」
パエリアの旨味の秘密を聞いたエレナは、綺麗な所作で次々と食べ勧めながら、ニンマリと幸せそうな笑みを浮かべる。
「この濃厚なエビと、他の魚介から染み出したエキスが合わさることで生み出された極上のスープの中で踊った米の美味さたるや…………いくらでも腹に入るぞ!」
「気に入っていただけたようでなによりだ」
「うむ、最高じゃ!」
エレナは白い歯を見せてにんまりと笑ってみせると、再びスプーンを手に取ってパエリアへと没頭していく。
「ほら、マリナちゃんたちも……」
詳細な味の感想を言いながら食べるエレナに圧倒されたのか、呆然としている二人に俺は笑いかける。
「早く食べないと冷めちゃうからさ。熱いうちに食べてみてよ」
「じゃ、じゃあ……」
先ずはマリナちゃんが静かに頷くと、スプーンを手にしてパエリアを食べる。
「これは…………」
一口食べて目を大きく見開いたマリナちゃんは、続けて二口、三口と食べた後、何かを考えるように頭を捻る。
一体何事かと思っていると、マリナちゃんは意を決したように俺の方を見る。
「そ、その……エビとその……トマトの酸味? がとっても合わさって……」
「あっ、別にエレナの真似なんかしなくていいよ」
どうやら料理の感想を言わなければいけないと思っていたのか、必死に言葉を紡ごうとするマリナちゃんに対して、俺は苦笑しながら応える。
「エレナのあれは、彼女の癖みたいなものだからさ。好きに食べてもらって構わないよ」
「そ、そうだったんですね」
自分でも無理があったと思っていたのか、マリナちゃんはホッ、と息を大きく吐き出してから再びパエリアを食べる。
「うん、とっても美味しい。ほら、カイトも食べてみなよ」
「うん!」
好きに食べていいとわかったからか、ようやく笑顔になったカイト君もスプーン一杯にパエリアを掬って食べる。
「――っ!? すっげーうまい!」
「そう、よかった」
バクバクと勢いよく食べてくれるカイト君を見て、俺は小さく安堵する。
事前に好き嫌いは特にないと聞いていたが、こうして実際に食べてリアクションを見るまでは、かなりドキドキしてたりする。
カイト君は凄い勢いで皿に盛られたパエリアを食べ切ると、すぐさま空になった皿を差し出してニコリと笑う。
「ハルト兄ちゃん、おかわり!」
「はいはい、たくさんあるからどんどん食べてね」
そのために、わざわざフライパン二つ分のパエリアを用意したのだ。
「おい、ハルト。こっちもじゃ。ワシもまだまだ食べられるぞ」
するとカイト君に負けまいと、エレナもすぐさま空の皿を差し出してくる。
瞬間、エレナとカイト君の視線が交錯する。
その顔は「あいつには負けられない」といった互いを意識したものに見えた。
こんな小さな子供と張り合うなよ……そんなことを思ったが、俺は口には出さずにエレナに大盛りにしたパエリアを差し出す。
仮にも銀の賢者と呼ばれ、カイト君たちにも尊敬されているはずのエレナの大人気無い態度に苦笑を禁じ得なかったが、ここからは俺も席に着いてパエリアをいただくことにする。
フロッセの街で買ってきた魚介をふんだんに使ったパエリアの味は申し分なく、これならエレナたちが夢中になるのも理解できた。
その後は、エレナとカイト君の二人によるどちらが多くパエリアを食べられるか、という不毛な争いが展開されたが、とにかく二人の子供に笑顔が戻って良かった。
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