第27話 情熱の国から

 俺は睨み合ったままの二人に近付くと、カイト君と目を合わせて静かに話を切り出す。


「カイト君、おいしいご飯を食べたいのはわかるけど、死にたいなんて軽々しく言うものじゃないぞ。もし、本当に死んじゃったら、マリナちゃんが悲しむことぐらいわかるだろ」

「だ、だって……」

「わかってる。おいしいご飯が食べたいんだろ?」


 俺は大きく頷くと、二人に向かって笑いかける。


「じゃあさ、ここはお兄さんがとびっきりおいしいご飯を二人にご馳走するっていうのはどうかな?」

「えっ、兄ちゃんが?」

「うん、こう見えて料理を作るのは得意なんだ。それにほら、夕飯の材料もたくさん買ってあるしね」


 俺は買い物袋の中からエビを取り出し、笑顔でカイト君に見せる。


「どう? お金なんかいらないから、俺の料理を食べてくれないかな?」

「ハルトが作るごはんは凄いぞ。何といっても、あの銀の賢者が唸るほどの料理の腕前じゃからな」

「えっ……」

「銀の賢者様が!?」


 俺の後に続いて言ったエレナの言葉を聞いた途端、子供たちの目の色が変わる。


 こんな子供たちにまで威光を放っているとは……エレナって本当に凄い人なんだな。


 まさしく銀の賢者らしい見事なアシストを決めたエレナに心の中で感謝しながら、俺は再び姉弟に向かって問いかける。


「まあ、そんなわけで銀の賢者様が認めた料理、食べてみたくないかい?」


 その問いに姉弟がどんな反応をするかは見るまでもなかった。




「さて、それじゃあはじめようか」


 港のすぐ近くにあるマリナちゃんたちの家に移動した俺は、自分のエプロンを付けて厨房に立つ。

 外観と同じく中も真っ白な石造りの厨房は、大きな竈が二つと、流し台があるだけのシンプルな造りをしていた。


 生憎と捻れば水が出てくる水道のような便利なものはないが、家の裏手には地下水を汲み上げるポンプ式の井戸があるので、十分な真水があるのは非常にありがたかった。



 綺麗に手を洗って臨戦態勢を取る俺に、ご機嫌な様子のエレナが歌うように尋ねてくる。


「それでハルトよ。今日は何を作るのじゃ?」

「今日作るのは、パエリアだよ」


 既にご存知の人も多いだろうが、パエリアはスペイン東部のバレンシア州、バレンシア地方発祥の様々な具材と一緒に炊いて作る米料理だ。


 パエリアという言葉は、元々はバレンシア語でフライパンを意味し、両側に取っ手が付いた底の浅い、丸い形が特徴的なパエリア鍋のことを指すのだが、このパエリア鍋を用いた調理方が伝わるうちに、調理器具というよりも料理名として広まったらしい。


 今日作るのはフロッセの街で買ってきた豊富な魚介を使ってのシーフードパエリアだが、具材は野菜だったり、肉だったりとその種類は多岐に渡る。


 余談だが、パエリアを炊く人のことを男性なら「パエジェーロ」女性なら「パエジェーラ」と呼び、本場バレンシア地方ではパエリアの祭りなんかもあったりする。



「ほほう、それは中々にうまそうじゃの」


 俺からパエリアの概要を簡単に聞いたエレナは、目をキラキラと輝かせながら話す。


「そういえば、今日は港で買っていた謎の香辛料を使うのじゃろ? あれは何なのじゃ?」

「まあまあ、慌てなさんな」


 俺はわざとらしくもったいぶってみせると、小さな袋から赤い糸のような乾燥した香辛料を取り出す。


「これはね、サフランというアヤメ科のクロッカスの一種のめしべなんだ」

「めしべじゃと? そんなものが香辛料になるのか?」

「そうだね、一説によると世界最古の香辛料、なんて呼ばれたりするけど、使い方の難しさや、似たような植物で毒性のものがあったりするから、俺の世界でも一生お目にかからないという人も少なくないと思うよ」


 さらに言えば、サフランは最も高価な香辛料として知られており、過去には同じ重さの金と同じ価値があると言われるほどだった。


 それだけ高価な理由は希少性で、一キロの香辛料を得るために優に十万以上の花が必要だと言われているからだ。


 それはこの世界でも同じようで、たった一つまみのサフランを購入するのに、今日買った他の香辛料の合計よりも高くついたほどだった。



 そんな高価な代物を、エレナは難なく買えるだけの財力があるのだから、旅の同行者が彼女で本当に良かったと思った。


「それで、このサフランの目的だけど、主に料理に色を付けるために使うんだ」

「色?」

「そう、後は風味付けかな? 他にも鎮痛、鎮静、通経作用があるとか言われているけど、そっち方面はあんま詳しくないんだよね」


 軽く豆知識を披露しながら俺はサフランをアルミホイルで包むと、火のついた竈に近づけて軽くあぶる。


 そうして加熱したサフランを、ブイヨンスープへと加える。


「後はこのまま十分ほどすれば色が付くけど……何色だと思う?」

「赤じゃろ」

「赤ですね」

「うん、赤だと思う」


 サフランの見た目から、三人の子供たちの答えは完全一致したようだ。


 うんうん、これは後のリアクションが楽しみだ。


 俺は「答えはまた後で」と言って一先ずブイヨンスープの入ったボールを脇に置くと、材料を切りにかかる。



 まずはニンニク、セロリ、玉ねぎをみじん切りにし、パプリカを適当な大きさに切る。


 続いて皮と内臓を取り除いたイカの胴を輪切りに、足は一口サイズへと切る。


 既に砂抜きされているというあさりを綺麗に洗い、一緒に洗った下処理したムール貝を殻が開くまで茹でたところで下処理は完了だ。


 次にフライパンを二つ取り出し、それぞれにオリーブオイルを入れて切った野菜とイカをじっくり炒める。


 玉ねぎが透明になるまで炒めたら、手で潰したトマトを加えて水分がなくなるまで煮詰める。


 トマトの水分がなくなったら、あさり、ムール貝、エレナお気に入りのエビを加え、サフランの入ったブイヨンスープ、塩で味付けをしてひと煮立ちさせる。



 魚介類に火が十分通ったのを確認したら一旦魚介類を取り出し、魚煮立ったスープに生の米を入れ、強火で五分、弱火にして十数分かけて炊き上げる。


 最後に少しだけ強火にしておこげを作ったら、取り出した魚介類を戻し、レモンとパセリを飾れば、パエリアの完成だ。

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