第59話 これからも一緒に
用意したラーメンが俺たちの胃の中に消えるまで、そう時間はかからなかった。
合計で三杯のラーメンを食べたルーは、お腹いっぱいになると、そのまま地べたに横になって寝てしまった。
「うにゅう……もう食べられない…………むにゃむにゃ」
「どうやら満足してくれたようだね」
テンプレの寝言に思わず苦笑しながら、俺は安らかな寝息を立てているルーが風邪を引かないようにはだけたローブを直してやると、彼女の髪の毛を優しく撫でる。
勇者から翡翠という名を与えられた通り、綺麗な緑色のふわふわの髪の毛の手触りは人間そのもので、手をスライドさせて頬に触れると、もちもちぷにぷにでいつまでも触っていたいという欲求にかられた。
「……これではまるで、人間そのものだね」
「うむ、ワシも驚いておる。ついでに胃の大きさまで人間になってくれて助かったな」
「本当にね」
エレナの言葉に、俺は思わず苦笑してしまう。
考えてみれば、五メートル近い大きさのグリーンドラゴンをもてなすのに、巨大な寸胴鍋一つではどう考えても量が足りなかった。
思った以上にルーが俺たちに懐いてくれ、色々と合わせてくれたお蔭でどうにかなったが、今回は色々と反省点が浮き彫りになった。
それに、まだ解決していない問題もあった。
「俺たち……ルーにここから出ていってもらうように言わなきゃいけないんだよね」
ここに来た目的は奇跡の水使ってラーメンを作ることであったが、だからといってこのままルーと別れるわけにはいかない。
ルーがここに留まり続ける限り、グリーンドラゴンを追い払うクエストを受けた冒険者たちがやって来るだろうし、名物になるはずだったマシュカルの完成形が何時まで経ったも提供されない。
それでは誰も幸せになれないし、もしかしたらルーを倒せるほどの腕前を持つ冒険者が現れるかもしれない。
最悪の事態を避けるためにも、ルーにはなるべく早くここを去ってもらうしかない。
でも、こんなに可愛くて愛らしいルーに、どうやって出ていってほしい旨を伝えられるだろうか?
例えエレナが汚れ役を引き受けてくれたとしても、その後のルーが見せる表情を考えると、胸が張り裂けそうな気持だった。
そんな何時まで経っても結論が出ない堂々巡りを繰り返していると、
「………………ふぅ」
エレナの呆れたような嘆息が聞こえ、俺は思わず顔を上げる。
すると、何処か呆れたような、ちょっと寂しそうな笑顔を浮かべたエレナと目が合う。
「…………いいぞ」
「ほ、本当に?」
敢えて何が? とは聞かずにエレナに問いかけると、彼女は手を伸ばして俺の目元を拭ってくる。
「ハルトが泣くほど困っておるのじゃ。ここで強く別れを強要できるほど、ワシは非情ではないよ」
「あっ……」
そう言われて俺は、いつの間にか泣いていたことに気付く。
どうやら自分でも気づかない内に、ルーに対して情が移ってしまっていたようだ。
俺は慌てて涙を拭うと、必死に笑顔を作ってエレナに向かって頭を下げる。
「ありがとう。エレナには何から何まで世話になりっぱなしなのに……」
「それは気にするでないと言っておるだろう。それに、まだ全て決まった訳ではない。最終的な決定権はルーにあることを忘れるでないぞ」
「ああ、勿論だよ」
俺は力強く頷くと、どうやってルーに話を切り出そうかと、後片付けをしながらあれこれ考えを巡らせていった。
その後、ベルクの村に戻ってグリーンドラゴンがいなくなったことを伝えると、その事実を確認した村長に礼と共にクエスト報酬をもらった。
多くの冒険者たちがわざわざベルクの村までやって来たように、クエスト成功の報酬額は中々のものだったらしいが、お金の管理は全てエレナに任せているので具体的な数字は聞いていない。
それから奇跡の水を使った完全体となったマシュカルを食べ、前のうどん麺の時とはまた違う味付けをしてきた店主の香辛料の使い方の巧みさに、改めて舌を巻いた。
ダメもとで店主に香辛料の使い方の指南を申し出てみたが、弟子になるなら全てを教えてくれるということだったので、非常に残念だったが辞退することにした。
それでも店主は、俺でも簡単に出来そうな香辛料の使い方を書いたメモと、いくつかの香辛料を譲ってくれたりして、ベルクの村での滞在も実に有意義なものとなった。
――そうして、グリーンドラゴンの騒動から五日後、
「…………よしっ」
滞在していた部屋で旅支度を終えた俺は、必要な食材の買い足しをしてパンパンになったバックパックを背負って部屋の中へと声をかける。
「それじゃあ、行こうか」
「うむ」
俺からの提案に、いつも通り手ぶらのエレナが鷹揚に頷く。
そしてもう一つ、
「おまたせ~」
可愛らしい声が聞こえ、小さな影がとてとてと俺の前までやって来る。
「ふひひ~、どうハルト? ルーの服、可愛い?」
そう言って服を見せびらかすようにくるりと回るルーの格好は、彼女の髪の色と同じ翡翠色のローブだった。
「うん、とっても可愛いよ」
「やった!」
俺が褒めると、ルーは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながらその場でくるくる回る。
ふわりと舞い上がったローブの下から覗くキュロットスカートもまた緑色であったが、活発なルーにお似合いの服装だと思った。
あの後、俺からの「一緒に旅をしない?」という提案に、ルーは二つ返事で了承してくれた。
実はルーの方も俺たちと別れるのが嫌だったようで、目が覚めて一人になっていたらどうしようかと思っていたところに、まさかの提案がきたことで彼女は感極まって泣いてしまった。
ルーの涙を見て、思わず涙を零す俺を見たエレナに大層呆れられてしまったが、こうして俺とエレナの二人旅に、新たな同行者が増えることになったのだった。
これがRPGであったら、盛大なファンファーレと共に「ルーが仲間になった」なんてテロップが流れていたかもしれないな、などと思いながら俺は、自分用の旅の荷物が入った濃い緑色の布製の袋を手にしたルーに話しかける。
「ところで服の色は自分で選んだんだっけ?」
「うん、ルーはルーだからね。だから身に付けるものはルーがいいの」
「そっか、やっぱルーにはルーが似合うね」
「でしょ?」
何も知らない人が今の会話を聞いたら何と思うかわからないが、こんな他愛のない会話がルーと続けられることに、俺は大きな幸せを感じているのであった。
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