第45話 憧れの冒険譚

 俺たちに話しかけてきたのは、いかにも冒険者といった風体の中年の男性だった。


 顔に大きな傷がついたいかつい顔の中年の男性は、その強面の見た目に反して人懐っこい笑みを浮かべてエレナに話しかける。


「なあ、お嬢ちゃん、ちょっといいかな?」

「むっ、なんじゃ。このプリンはやらぬぞ」


 いきなり話しかけてきた中年男性に、エレナはミルクプリンを死守するように両手で隠す。


「いやいや、そっちは盗らねぇから安心していいぜ」


 中年男性は呆れたように苦笑しながら、俺たちに話しかけてきた理由を話す。


「なあ、お嬢ちゃん。そんなちっこいのに防御魔法なんか使えるのか?」

「……それがどうかしたのか?」


 訝し気な表情を浮かべるエレナに、中年男性は眦を下げながら自分の尻を指差す。


「いやね、実は俺もさっきから尻が痛くてしょうがないんだ。お嬢ちゃん、よかったら俺にも同じ魔法をかけてくれないか?」

「お断りじゃ!」


 中年男性の頼みごとに、エレナはすぐさま「いーっ」と白い歯を見せて断る。



「エ、エレナ……」


 エレナの余りの態度に、俺は中年男性が怒らないかとヒヤヒヤしながら彼女に話しかける。


「そ、その、おじさんも困ってるみたいだし、魔法使ってあげたら?」

「何を言うハルトよ。そんなことできるわけがないじゃろう」


 エレナは大袈裟に驚いてみせると、中年男性に魔法を使わない理由を語る。


「そもそも補助魔法や回復魔法は、自分と仲間以外に使ってはならんのじゃ」

「……そうなの?」

「そうじゃ。もう知っていると思うが、魔法は常人には扱えない特別な力じゃ。そんな力を誰かれ構わず使っておったら魔法が軽くみられるだけでなく、そいつだけが特別扱いするのはおかしいと、次から次へと自分にも魔法を使えと言われるじゃろう。だから、魔法を使う対象は、厳密に定められているのじゃ」

「そう……なんだ」



 エレナによると、魔法という大きな力を使うにあたってのルールが、魔法使いたちの間で決められているのだという。


 それは魔法の権威を守るだけでなく、多くの人が何でも魔法に任せてしまえばいい、という思考に陥らせないためだという。


 確かにここまで何度も魔法の恩恵にあずかっている俺だが、その中でも毎日使ってもらっている体を綺麗にしてもらう魔法の便利さに、既に自分で体を洗うのが億劫になりつつある。

 そう言われれば、魔法はおいそれと使うべきじゃないという主張は至極真っ当な主張であると思えた。



 俺が納得したのを確認したエレナは、中年男性に向き直って再び断りを入れる。


「というわけじゃ。ワシに魔法をかけてほしかったら、少なくともそれに見合った報酬を払うのじゃな」

「チェ……お嬢ちゃん、小さいのにしっかりしてんな」

「ハハハ、振られてやんの」

「うるせぇ、他人に魔法を使っちゃいけねぇのは知ってたけど、言ってみただけだよ」


 仲間に冷やかされた中年男性はバツが悪そうに顔をしかめると、後頭部をカリカリと掻きながらエレナに笑顔を向ける。


「お嬢ちゃん、悪かったな」

「何、わかってくれればいいのじゃ」

「まあ、こっちもそれなりにこの業界長いからな。それにしても……」


 中年男性はおとがいに手を当てて考えるような仕草をすると、まじまじとエレナの顔を見る。


「お嬢ちゃん……喋り方といい、髪の毛の色といい、まるで銀の賢者様みたいだな」

「あっ、それ俺も思った」

「まさか本物だったりして」

「そんなわけないだろ。エレンディーナ様がこんなに小さいわけないだろ」

「そうそう、あの方は聡明で美しくて、正に俺たち冒険者のアイドルだったろ?」

「違いない」


 そう言って中年男性とその仲間たちは「ガハハハッ」と声を揃えて笑う。



 その和やかな雰囲気に、俺は気になっていたことを中年男性に尋ねる。


「あの……もしかしてあなた達はエレナ……エレンディーナ様のお知り合いなんですか?」

「お、おい、ハルト!」

「まあまあ、ちょっと話を聞くだけだから」


 なんだかんだ言ってエレナの過去……というより冒険譚というものに興味がある俺としては、本物の冒険がどんなものであるか聞いてみたかった。



 どうにかエレナを宥めた俺は、痛む尻を擦っている中年男性に話しかける。


「よかったら少し冒険の話を聞かせてもらっていいですか?」

「おっ、いいぜ。こんなおじさんのショボい冒険でよかったらいくらでも聞かせてやるよ」


 俺の願いに、中年男性は快く頷いて何を話そうかを考える。


「といっても、本当にたいしたことしてないからな」

「おい、せっかくだからエレンディーナ様と一緒に戦ったあの話はどうよ?」


 すると、中年男性の仲間が助け舟を出してくれる。


「昔、この近くでエレンディーナ様の戦いを垣間見たことあったろ?」

「ああ、あれか……あれなら派手でいいな」

「ちょっ!?」

「そ、その話、詳しく教えて下さい」


 思わず腰を浮かしかけるエレナを手で制しながら、俺は中年男性の次の言葉を待つ。



「えっと、あれは何だったかな……確か、シューティング・ピーチだったか?」

「違うよ。シュタインズ・ピーチだろ?」

「違うってシュテルン・ピーチだったろ?」

「……えっ?」


 いきなり飛び出した謎の単語に、俺は思わず中年男性に尋ねる。


「その……なんちゃらピーチって何ですか?」

「何って決まってるだろ。エレンディーナ様の超絶無敵のオリジナル魔法だよ」

「そうそう、こうビカビカッと派手にピンク色に光って、ゴオオオォォ、と大気が震え出すんだよ」

「煉獄の業火になんちゃららって魔法の詠唱とか、マジで憧れるよな……」


 うっとりとした表情でエレナの武勇伝を語る中年男性たちだったが、俺の反応は彼等とはちょっと違っていた。


 何故なら、一流の魔法とはどうあるべきについて、とある方から直々に講義を受けていたからだ。



 俺は真っ赤な顔で俯いている銀髪の少女に、疑惑の眼差しを向けながら話しかける。


「あの……エレナさん?」

「言うな……後生じゃから今は何も聞かぬでくれ」


 そうして中年男性たちが自分たちの見た銀の賢者の素晴らしさについて語る間、当の本人は穴があったら入りたいというように、両手で赤い顔を覆ったまま顔を伏せ続けていた。

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