第46話 俺は笑わないよ

 中年男性たちによる止まらないエレナの武勇伝を聞いている間に、今日の目的地であるベルクという山あいの村までやって来た。



 馬車を降り、ようやく尻との戦いが終わったが終わったと一息吐いた俺は、後から降りてきた尻を擦っている中年男性に頭を下げて礼を言う。


「今日は貴重なお話をしていただき、ありがとうございました」

「おう、俺たちも楽しい時間を過ごさせてもらったよ」

「また何処かであったら、その時は別の話をしてやるよ」


 中年男性たちは強面の見た目に反して愛嬌のある笑顔を見せると、手を振りながら去っていった。




 そうして中年男性たちが見えなくなるまで見送ったところで、俺は隣で死んだ魚のような目で立ち尽くすエレナに話しかける。


「エレナも昔は、結構やんちゃなところがあったんだね」

「うう、ハルトはいじわるなのじゃ」


 余程恥ずかしかったのか、涙目のエレナは俺の腕をペシペシと叩きながら恨めし気に見上げてくる。


「あれだけ偉そうなことを言っておきながら、ワシ自身が三流と蔑む魔法使いと同じことをしておったと知って、さぞ幻滅したことじゃろう?」

「いや、幻滅なんてしないよ」


 俺は大きくかぶりを振ってエレナの言葉を否定する。


「むしろ、エレナにもそんな時期があったんだなって知れて、嬉しくなったよ」

「嬉しい……じゃと?」

「うん、俺からすれば、エレナって非の打ち所がない完璧な賢者様なんだよ。でも、当然ながらいきなりそんな凄い賢者になったんじゃなくて、沢山努力して、きっと数え切れないくらい失敗して、その成長の果てに銀の賢者になったんだろうなって思ってさ」

「そんなの……当たり前じゃろ」


 エレナは最後にもう一度俺の腕をペシッ、と軽く叩くと、照れたように頬を朱に染めてはにかむ。


「何度も言うが、ワシは銀の賢者である前に、可愛いエレナちゃんなのじゃ」

「そうだね……でも、俺としては自分で可愛いって言わなくていいと思うよ。その……大きくても小さくてもエレナは十分に可愛いと思うからさ」

「はえっ?」


 俺が思ったことを口にすると、エレナの顔が一瞬にしてゆでダコのように真っ赤になる。「あ、あうあう……」


 普段から自分で散々「可愛い」と連呼しているのに、人から言われることに慣れていないのか、エレナは訳のわからない言葉を口にしながら俺の手をペシペシとこれまでより弱い力で叩いてくる。



 まるで乙女のようなリアクションを見せるエレナを見て、俺は彼女が少女の姿であるにも拘らず、不覚にもときめいてしまった。


「…………」

「…………」


 冒険者たちが去り、二人きりとなってしまったことで、俺たちは互いに顔を見合わせたまま何を言ったらいいかわからず立ち尽くす。



 一体どうしたものかと思っていると、


「ああ、その……なんじゃ」


 いち早く立ち直ったエレナがそっと手を伸ばし、指先だけ俺と繋ぐと、恥ずかしそうな表情のまま上目遣いで話しかけてくる。


「せっかく新しい地に来たのだ。今は奇跡の水の前に、この村のうまいものでも食べに行かぬか?」

「う、うん…………うん、そうだね」


 すぐさまいつもの調子に戻そうとするエレナからの提案に、俺は笑顔を浮かべて彼女の手をしっかりと握る。


「それじゃあ、何処か近くの店に行こう。今はそこでご飯を食べて、今日の夕飯を何にしようか考えよう」

「うむ、そうじゃな」


 エレナはニッコリと頷いて俺の手をしっかりと握る。


「この村には一度来たことがあるからな。ワシが美味い店を紹介してやるぞ」

「わかった、任せるよ」


 俺が頷くのを確認したエレナは「こっちじゃ」と言って手を引きながら、ベルクの村の中を簡潔に説明してくれた。




 ベルクの村は、石材と木材、半々といった感じの家が多かった。


 裕福な人が多いのか、目に見えるどの家もお洒落な凝ったデザインをしており、特に石の家は扉の上にお洒落なレリーフが飾ってあったり、カラフルな屋根をしていたりと、山の奥にあるとは思えないほど目でも楽しませてくれた。



 てっきり各々が好きな建材を使っているのかと思ったが、


「石の家は物置、人が住んでいるのは木の家じゃな」


 エレナによると、建物の材質を見るだけで用途がわかるということだった。


「あんなに凝っているのに……」


 どうして石の家には人が住んでいないのだろうと思っていると、エレナが人差し指をピン、と立て、まるで学校の先生のように教授してくれる。


「理由は単純じゃ。この地域は標高が高い故、冬場の寒さは相当なものとなる。故に木造の家ではないと、寒くて凍えてしまうのじゃ」

「ああ、なるほど……」


 ちなみにエレナによると、ベルク周辺には石材は豊富にあるので、人が住むことを考慮しなくていい倉庫を建てる時は石材を使い、それぞれが誰の倉庫かを一目瞭然にするために個性的なデザインにするのだという。


「まあ、他にも観光客の目を楽しませるという側面もあるのじゃろ。少なくとも前にワシがここを訪れた時は、あんな洒落たものはなかったからのう」

「じゃあ、これも世界が平和になったからだね」


 そう言って俺がエレナに笑いかけると、彼女は困ったように苦笑して肩を竦める。


「期待させておいて悪いが、ワシはたいしたことはしておらんよ」

「そうだとしてもだよ」


 謙遜するエレナに、俺は彼女と繋いでいる手に力を籠めながら話す。


「俺はエレナがいかに凄い魔法使いなのか、皆にいかに慕われているかを知っているよ。そんなエレナと一緒に旅ができて、まるで自分のことのように誇らしいよ」

「そうか……」


 俺の言葉を聞いたエレナは、何処か気恥ずかしそうにはにかむ。


「……そうか」


 エレナはもう一度同じ言葉を繰り返すと、俺と繋いだ手をギュッ、と強く握り返してきた。

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