第47話 異世界での邂逅

 それから俺たちは、エレナに手を引かれるかたちで彼女のオススメだというログハウスのような造りの食堂にやって来た。



 まるで西部劇で見るような内装の店内は、昼時ということもあって混雑していたが、フロッセの街で経験したような席が全て埋まっているということはなかった。


 そのまま店内に案内してもらおうと思ったが、


「すまないが外の席を案内してもらっていいか?」


 エレナの強い要望で、俺たちは外のテラス席で食事をすることになった。




「ふぅ……風が気持ちいいね」


 遠くに見えるなだらかな山の稜線を見ながら椅子に腰かけた俺は、正面に座ったエレナに問いかける。


「ねえ、どうして中じゃなくて外の席が良かったの?」

「ん? ああ、ちょっとな……」


 俺からの質問に、エレナはテーブルに肘を付いて意味深な笑みを浮かべる。


「まっ、これもハルトのためじゃ。楽しみにしておるがよい」


 どうやらエレナは、店内じゃなくて外を選んだ理由を話す気はないようだ。


 といってもそこに悪意は全くないことはわかっているので、俺もおとなしく引き下がることにする。



「わかった。そういうことならエレナの言葉を信じるよ」


 俺が頷くと、エレナは「ニヒヒ~」と子供がドッキリを仕掛けている時のような、楽しくて堪らないといった表情をする。


 エレナのそんな嬉しそうな表情を見て、俺も思わず笑顔を零すと、これから食べる料理に想いを馳せることにする。



「いらっしゃいませ。こちらがメニューになります」


 ほどなくしてオールドタイプのロングスカートのメイド服を着たウエイトレスが現れ、俺たちに木の板でできたメニュー表を渡してくれる。


「どれどれ……」


 この店には一体どのようなメニューがあるのかと、渡されたメニュー表を見てみる。

 だが、


「……うん、全く読めない」


 残念ながらエレナの魔法でこの世界の言語は話せるようになっても、文字までは理解できないようだ。



 メニューを読むことを早々に諦めた俺は、メニューをパタリと閉じて注文をエレナに託すことにする。


「それで、エレナのオススメは何て料理なの?」

「うむ、この店はマシュカルという麺料理がオススメなのじゃ。他にも美味いものがあるから適当に頼むとするかの」

「うん、任せた」


 特に異論はないので注文をお願いすると、エレナがウエイトレスを呼び止めて料理を注文していった。




 料理の固有名称からどんな料理が出てくるかはさっぱりわからないので、聞こえる名前を忘れないようにしながら俺は周囲の様子をぐるっと見まわす。


 今は昼時ということもあり、店には俺たちが乗って来た乗合馬車の乗客以外にも、色んな人たちの姿が見て取れた。

 テラス席にもそれなりの人がおり、見たところマシュカルと呼ばれる麺料理を食べている人はいないようだが、どの料理もとてもおいしそうだった。



「お待たせしました」


 賑やかな昼のひと時を眺めていると、俺たちの前に二つの器が置かれる。


「こちらマシュカルでございます。食べ方は……」

「待つのじゃ」


 ウエイトレスが食べ方を指南しようとしたところで、エレナが待ったをかける。


「マシュカルの食べ方はワシがハルトに指南するから問題ないぞ」

「はぁ、わかりました……」


 突然の事態にウエイトレスは面食らったような顔になるが、


「では、残りの料理は出来次第持ってきますので、どうぞマシュカルをご賞味くださいね」


 すぐ気を取り直したウエイトレスは、ニコリと笑って一礼するとパタパタと忙しそうに駆けて行った。


「さて、それではいただこうではないか」

「そうだね」


 注文してから僅か数分で出てきたマシュカルとは一体どんな料理なのかと、俺は白い湯気を立てている器の中を見る。



 まず目につくのは、器から飛び出すように置かれた大きくて丸くて白い、まるで水餃子のような小麦粉でできた二つのプルプルした饅頭で、薄い皮の向こう側に何か肉のようなものが入っているのが確認できた。


 次に饅頭の下を見ると、透明の透き通ったスープと、うどんのような白い麺が入っているのが確認できた。

 流石に箸はないようだが、出てきたフォークでスープの中の掬ってみると、まるできしめんのような平たい太麺の美味しそうな麺が姿を現す。


「これは……麺料理だ」

「ん? じゃから麺料理だと言ったであろう」

「い、いや、そうなんだけどね……」


 麺料理というと、うどん、そば、ラーメン、パスタと日本では多種多様な麺料理が食べられるが、麺料理というのは世界のあらゆるところにあり、特にアジア圏に多い。


 有名なところで言えば中国や台湾で食べられる『ビーフン』ベトナムの『フォー』をはじめとする米を主原料とした麺や、タイの『バミー』やインドネシアの『ミー』、ミャンマーの『モヒンガー』とかマレーシアでは『ラクサ』などなど、麺料理といってもかなり多岐にわたり、ヨーロッパへ行けば大小様々な種類のパスタと出会えるなど、世界を渡り歩けばそこそこの確率で麺料理に出くわすことはある。



 それでもまさか、こんなファンタジー溢れる異世界でうどんを食べるとは思っていなかった俺は、驚きながらもとりあえずエレナに食べ方を教わることにする。


「それで、これはどうやって食べるの?」

「うむ、まずは中の麺とスープを楽しむがよい。上に乗っている饅頭にはまだ触れるなよ?」

「わかった。麺からだね」


 どうやらこの饅頭に何かしら秘密があるようだが、俺はエレナの言葉に従ってフォークで麺を掬って食べてみる。


「…………うん、麺だ」


 流石にうどんのように強いコシがあるもっちりとした麺ではないが、それでも俺がよく知る小麦で作られた麺と大差はない。


 続いてスープを飲んでみると、肉の出汁と何かの香辛料の旨味が合わさった塩ベースのあっさりとしたスープで、シンプルにおいしいと思った。



 だが、あのグルメでガツンとした料理が好きなエレナがイチオシという割には、些か拍子抜けと言わざるを得ない。


「どうした?」


 器を手にしたまま考えに耽る俺に、エレナがニヤニヤと笑いながら話しかけてくる


「ワシが薦める料理にしては、インパクトに欠けると思っておるじゃろ?」

「うん、よくわかるね」

「わかるさ。ハルトはワシと同じ人種じゃからの」


 それってどういう意味? と問うより早く、エレナはフォークでスープに浮いている丸い饅頭をプニプニと押す。


「実はの……このマシュカルという料理は変身するのじゃ」

「変身?」

「うむ、変身じゃ。では次にこの饅頭を崩してみるといい」

「崩す? ああ、なるほど……」


 どうやらこの饅頭は、この料理における薬味にも似た役割があるようだ。



 俺はエレナの指示に従って饅頭をナイフとフォークで崩す。


「……えっ?」

「驚いたじゃろ?」


 俺のリアクションに、エレナは悪戯が成功した子供のように笑顔を弾けさせる。


「うん、驚いた」


 俺は素直に頷きながら、目の前の変化に目を見張る。


 プスッ、という軽い手応えで薄い皮を切った途端、中からトロトロになるまで煮込まれた肉の塊が顔を出し、同時にオレンジ色のスープが出てきて透き通ったスープに暖色系の色を付けたのだ。


 そこに追い打ちをかけるように、ある慣れ親しんだ匂いが俺の鼻孔を刺激し、口内に唾液が自然と溢れ出す。



 垂涎堪らないといった様子の俺を尻目に、エレナは二つの饅頭を綺麗に潰してスープの色を暖色系に変えると、スプーンでトロトロに煮込まれた肉と一緒に掬って食べる。


「うむ、このしっかりと味付けされた肉と絶妙な香辛料による刺激……これこそマシュカルじゃな」

「なるほど……」


 俺は大きく頷くと、饅頭の中から出てきたオレンジ色のスープだけをちょっとだけ飲んでみる。


 すると、あっさりとしたスープとは対照的な、しっかりとした塩味と複数の香辛料で味付けされた刺激的な味が口の中を駆け巡る。


「…………これは、驚いたな」


 俺は劇的な変化を遂げる原因となった饅頭を突きながら、ある事実をエレナに告げる。


「この味、この色……凄くカレーだ」

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