第49話 十秒あれば十分だそうです。

「ふぅ……もう食べられない」


 どうにか全ての料理を食べ切った俺は、店に入る前と比べて明らかに膨らんだ腹を擦りながら大きく息を吐く。


「どの料理も凄くおいしかったね」

「じゃろ? ハルトの好みは既に把握済みじゃからの。今後も美味い料理をどんどん紹介してやるぞ」

「うん、楽しみにしてる」


 なんだかサラリと恥ずかしくなるような台詞を言われたような気もするが、それよりも次に何を食べさせてもらえるのだろうという興味の方が大きかったので、黙っておくことにした。



「お客様、料理はお楽しみいただけましたか?」


 いつもの癖で空になった皿を綺麗に並べていると、ウエイトレスがやって来て俺たちの前にお茶の入った二つのカップと、美味しそうな焼き菓子の乗った皿を差し出してくれる。


「これは当店からのお詫びの品です」

「えっ、お詫び?」


 思わぬ一言に、俺は首を傾げてウエイトレスに尋ねる。


「こんなにおいしい料理と十分なもてなしまでしてもらって、お詫びしてもらうことなんて何一つありませんけど?」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」


 ウエイトレスは目に見えてホッと安堵の溜息を吐きながら、どうしてお詫びしなければならないのかその理由を話す。


「実は、今日お客様にお出ししたマシュカルは、完全な形での提供ではないんです」

「そう……なんですか?」

「はい、本来ならマシュカルには奇跡の水を使うのですが、生憎と在庫を切らしてまして、この度は普通の水を使ったマシュカルを提供させていただきました」

「なるほど……」


 どうやらこのお茶とお菓子は、提供してもらった料理に不備があったが故のお詫びということのようだ。


 奇跡の水は、このベルクから馬車を乗り継いでさらに山奥に行く必要があるので、ひょっとして仕入れが間に合わなかったのだろうか?


 そして俺たち以外にマシュカルを食べている人たちがいなかったのも、完全な形での提供ではないと嫌だという人が多かったからかもしれない。



 少しでも情報を仕入れておこうと思った俺は、空いた皿を片付けているウエイトレスに尋ねてみる。


「では他の日に来れば、奇跡の水が入ったマシュカルが食べられるのですか?」

「いえ……実は今、ある問題が起きて奇跡の水が手に入らないんです」

「ある問題?」

「はい、こんなこと初めてなので……」


 目を伏せて小さく嘆息したウエイトレスは、奇跡の水が手に入らない理由を話す。


「実は奇跡の水が取れる湖に、野生のグリーンドラゴンが居着くようになったのです」

「えっ?」


 思いもよらないパワーワードの登場に、俺は思わず目を見開く。


「グリーンドラゴンって……あのドラゴンですか?」


 俺からの質問に、ウエイトレスは困ったように眦を下げる。


「あのドラゴンが何を指しているのかわかりませんが、私が知るドラゴンは『空の王者』と呼ばれるとても大きなトカゲに似た生物で、敵対する者を口から吐き出す炎で容赦なく焼き払うと言われています」

「あっ、じゃあ同じです」


 固有名称は同じでも中身は全く違うものもあるかと思ったが、どうやらそんなことはないようだ。


 それにしても……ここに来てドラゴンの登場とはね。


 ファンタジー世界において最強と目されることが多いドラゴンは、どうやらこの世界でもとんでもない強さをもっているようだった。



 互いの認識が間違っていないことを確認した俺は、近くにドラゴンが出たという割にはそこまで危機感を抱いていない様子のウエイトレスに尋ねる。


「その……近くにドラゴンが現れて危険はないのですか?」

「その心配はないです。ドラゴンはとても賢い生き物なので、むやみに人を襲うようなことはありませんから」

「ですが、このままでは奇跡の水はいつまで経っても手に入らないのですよね?」

「ええ、ですから……」


 ウエイトレスは周囲の客をぐるりと見まわした後、再び俺に顔を向けてニコリと笑う。


「冒険者の方たちに、ドラゴンを追い払ってもらえないかという依頼を出したんです」




「なるほどね……」


 ウエイトレスが立ち去った後、俺は改めて周囲を見て気付いたことをエレナに話す。


「なんだかゴツイ人が多いなと思ったら、俺たちの周りにいる人って冒険者の人たちだったんだね」

「そうじゃな……まさか冒険者を名乗る者が、まだこんなにもいることに驚きじゃな」


 エレナも周りをぐるりと見まわした後、呆れたように小さく嘆息する。


 世界から魔物がいなくなって冒険者という職業は意味を成さない職業となり、殆どの人が廃業したということだったが、それでも一部の人は転職を嫌ってか未だに冒険者を名乗っているという。


 それは今のベルクの村に起きているような、普通の人では対処できないような事案に挑むためだろう。



「でも、大丈夫かな?」


 呑気に酒盛りをしている中年男性たちを見ながら、俺は気になっていることをエレナに尋ねる。


「あの人たちの実力がどれぐらいかわからないけど、相手はドラゴンなんでしょ? ドラゴンってそんな簡単に倒せるものなの?」

「そうじゃの……」


 エレナは周囲の冒険者と思われる人の顔を見て、その途中で何度か頷いてから結論を出す。


「ここにいる全員を殺すのに、十秒とかからないだろうな」

「ダメじゃん」

「そう、ダメじゃな……だが、心配する必要はないぞ」


 ドラゴンの炎で焼き尽される中年男性たちを想像して思わず青ざめる俺に、エレナは肩を竦めてみせながら薄く笑う。


「何故なら依頼は討伐ではなく、追い払うことじゃからな」

「そうだけど……追い払うことだって簡単なことじゃないでしょ?」

「無論じゃ、ドラゴンを追い払うとなると、それは相当苦労するじゃろうからな……どれ」


 エレナは何かを思いついたかのようにポン、と手を叩くと、俺にある提案をする。


「せっかくじゃ、奇跡の水を手に入れるため、ワシらもドラゴンに会いに行こうじゃないか」

「えっ?」

「いや、しかしまさかグリーンドラゴンとはのう……一生で一度、相まみえるかどうかの貴重な体験じゃぞ。ハルト、お主中々運がいいな」

「え、えええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇ!!」


 エレナのまさかの提案に、俺は彼女と初めて出会った時以来の腹の底からの驚きの声を上げた。

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