第17話 納得の出来……だけど

 三人でハンバーグを整形している間に、リコのジュースに浸けておいた肉も馴染んだ。


「それじゃあ、肉を焼いていきましょう」


 竈に火を入れた俺は、十分に熱した愛用のフライパンに油を落としながら説明する。


「焼き肉の方はそのまま焼くだけなので、ハンバーグ焼き方を説明しますね」

「焼き方にも方法があるんですね?」

「ええ、そんなに難しくはないので安心して下さい」


 フライパン全体に油を馴染ませながら、俺はハンバーグの生地を一つ取って鉄板の上に落とす。


 ジュウウゥゥ……という心地よい音を耳にしながら、俺は生地の真ん中を指で押して窪ませる。


「こうして真ん中を窪ませることで、中まで均一に火が通りやすくなります。後、周りが焼けすぎてパサパサになるを防ぐ効果があります」

「なるほど……」

「そうしたら最初はこれぐらいの火力で三分、香ばしい焼き色が付くまでじっくり焼きます」

「わかりました。三分ですね」


 テッドさんはしゃがんで火の大きさを何度も確認しながら、ハンバーグが色付いていく様子を観察する。



 ――三分後、表面が良い感じに焼けてきたので、俺はハンバーグをひっくり返して水を少量加えてフライパンに蓋をする。


「次はこうやって少量の水を加えて蓋をして蒸し焼きにします。この状態で三分、中まで火を通すと共に、仕上がりをふっくらさせます」

「ふっくら……」

「ええ、その後はまたひっくり返し、火を強くして焼きます。これで表面がこんがりと焼き上がります」

「なるほど……こんがりですね」


 テッドさんは必死にメモを取りながら、近距離で肉の焼き具合を確認する。


 しかも、蒸し焼きをしている間に何処まで肉を焼けばいいのかの質問してくるあたり、テッドさんの本気度が伺えた。



 その後、ひっくり返して水分を飛ばすために強火で焼き、竹串を刺して中から透明な肉汁が出てきたら完成だ。


「こんな感じです。さあ、次はテッドさんの出番ですよ」

「は、はい……」


 テッドさんはゴクリ、と喉を鳴らすと、びっしりと書き込まれたメモを確認し、時に俺の指示に従いながら残ったハンバーグを次々と焼いていった。




「さあ、食べましょうか」


 リコのジュースに浸けた肉も焼き、テーブルに並べた俺は席に付いて、正面に座るテッドさんに笑いかける。


「さあ、先ずはテッドさんからどうぞ。食べてみて素直な感想を聞かせて下さい」

「は、はい……」


 神妙な顔で頷いたテッドさんは、先ずはモルボーアの焼き肉にフォークを突き刺し、リコのポン酢を付けて口の中へと入れる。


「――っ、美味しい!?」


 テッドさんは大きく目を見開き、驚愕の表情で俺の方を見る。


「臭みもなく、驚くほど簡単に噛み切れます。これ、本当にモルボーアなんですか?」

「そうですよ。テッドさんも確認していたでしょう?」

「そ、そうですが……」



 まるで夢心地のように呆けたテッドさんは、続いてナイフを手にして赤いトマトソースがかけられたハンバーグへと取りかかる。


 ちなみにこのトマトソースは、トマトとにんにくをオリーブオイルで炒め、塩とバジルの葉を入れて煮込んだ非常にシンプルなソースだ。


 ナイフをハンバーグへと走らせると、スッ、と抵抗なくナイフが入るのを見て、テッドさんの顔がまたしても驚愕に染まる。


「さっきの肉よりさらに柔らかいなんて……」


 普段からモルボーアの肉を食べているテッドさんからすれば、劇的とも言える変化に戸惑いを隠せないようで、震える手で一口サイズに切り分けたハンバーグを食べる。


「………信じられない」


 思わず頭を抱えたテッドさんは、かぶりを振りながら大きく嘆息する。


「あれだけ色々試してどうしても柔らかくならなかったモルボーアが、歯を使わなくても噛み切れるほど柔らかくなるなんて……しかも、とっても美味しいです」

「それは良かったです」


 今にも泣き出しそうになっているテッドさんを見て、一先ず味付けを含めて上手くいったようでそっと胸を撫で下ろす。



「……のう、ハルトよ」


 すると隣に座るエレナが、くいくいと俺の服を引っ張りながら上目遣いに問いかけてくる。


「もう、ワシも食べていいか?」

「えっ? あっ、ゴメンゴメン。勿論、好きなように食べていいよ」

「やれやれ、ようやくか……」


 おあずけをくらっていたエレナは「んふ~」と荒い鼻息を吐くと、ナイフとフォークを手に、まずは焼き肉にポン酢を付けて口にする。


「うむっ! なるほど……これは確かに普段のモルボーアとは雲泥の差じゃな」


 続けて二枚目の焼き肉を口にしながら、エレナは冷静に味の感想を語る。


「モルボーア特有の臭みも、リコの香りが綺麗にかき消してくれておる。それにポン酢を付けることで獣臭さを完全に消しつつ、肉のうま味だけを純粋に味わうことができるのじゃな……これは革命じゃな」

「フフッ、ありがとう」


 相変わらず事細かに食レポしてくれるエレナの丁寧さに感心しながら、続いてハンバーグに手を伸ばしているエレナの反応を待つ。


「ホッホッ、あのモルボーアの肉が面白いほど簡単に切れるではないか。どれ、肝心の味の方は……」


 興奮で頬を紅潮させたエレナは、大きく口を開いてトマトソースを絡めたハンバーグを一気に頬張る。


「うむ、美味い! こっちもモルボーアの臭いを上手く消せておるし、濃厚なトマトソースと絡まることで、モルボーアの特徴を活かしつつもも、非常に食べ易くなっておるな。これならテッドの嫁も喜んでくれるのではないか?」

「僕もそう思います。これならソフィアも……彼女の両親も喜んでくれると思います」

「そうか、二人が言うのなら安心だな」


 確かな舌を持つエレナと、婚約者のことをよく知るテッドさんからの太鼓判をもらえたことは大きい。



「ごちそうさまでした」


 焼き肉とハンバーグを食べ終えたテッドさんは、俺に向かって深々と頭を下げる。


「ハルトさん、ありがとうございます。これで無事に結婚式を迎えられそうです。後は当日までに教わった料理を自分のものにしてみます」

「そうですか……」


 テッドさんの感謝の言葉を耳にしながら、俺は自分で作った焼肉とハンバーグを口にする。

 どちらも予想通りの味と噛み応えで、テッドさんの要望に応えられているだろう。



 だが、


「……どうしたのじゃ?」


 料理を食べた俺が不満そうな顔をしているのが気になったのか、エレナが不思議そうに小首を傾げて尋ねてくる。


「見事な仕事ぶりじゃと思うが……何か不満でもあるのか?」

「う~ん、別に不満というわけじゃないんだけどさ……」


 俺はどうしたものかと思案しながら、気になっていることを口にする。


「その……せっかくの結婚式だからさ。もっと映えとか、おもてなし感あった方がいいかな~と」

「映え?」

「おもてなし感……ですか?」

「うん、つまりね……」


 そう前置きして俺は、自分の考えを二人に話していった。

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