第18話 愛するあなたに捧げる一品
――二日後、いつも静かなトレの村が、この日はいつもより賑わっていた。
村のシンボルである大樹、リブラの木の前に簡易の祭壇が設けられ、大勢の人が集まって新たに夫婦となる二人の門出を祝っていた。
司会を務めるのは、村の近くの教会からやって来た司祭様で、白のタキシードを着たテッドさんと、純白のウエディングドレスに身を包んだ綺麗な女性、ソフィアさんに向けて誓いの言葉らしきものを……汝、病める時も健やかなる時も……的なやつを長々と話していた。
最後に二人に互いに夫婦になることを確認した司祭は大きく頷くと、二人の顔を見て笑顔で語りかける。
「よろしい。では二人を女神、リブラの名の下に夫婦と認めます。それではご両人、誓いのキスを」
「「はい」」
司祭様に促された二人は顔を見合わせて照れくさそうに笑った後、互いに顔を寄せあって唇を重ねた。
その瞬間、集まった人たちからの「おめでとう!」という喝采の言葉が響き、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
こうしてあっさりとテッドさんの結婚式は終わったのだが、俺とテッドさんの本番はこれからである。
結婚式が終わったかと思うと、祭壇の周りに大量のテーブルと椅子が次々と並べられ、集まった人たちが次々と席に着いていく。
この村のしきたりである、新郎による新婦への料理が振る舞われる様を見学するためだ。
といっても、事前に話に聞いていたより厳かなものではないらしく、集まった人たちはそれぞれが持ち寄った酒と料理を口にしながら談笑している。
きっとこれは俺たちの世界で言う披露宴みたいなもので、何かと理由を付けて騒ぎたいだけなのだろう。
実際、ソフィアさんの家族は村の人たちから既に酒を勧められており、彼女の父親は泣きながらジョッキに注がれた酒を煽るように飲んでいた。
他の家族の方も同じように村人たちからのもてなしを受けていたが、テッドさんの奥さんであるソフィアさんは、ドレス姿のまま席に座り、調理に専念している夫をジッと見ていた。
二人の間にどんな会話があったかは知らないが、テッドさんが何処までも真面目に、ただソフィアさんとその家族を喜ばせたい一心で、地道な努力を重ねてきたことを知っているようだった。
そんな新妻の期待に応えるためにも、とっておきの一品を作ってあげたいと思った。
俺はタキシードの上着を脱いで、シャツを腕まくりしているテッドさんに包丁を渡しながら話しかける。
「テッドさん、準備はいいですか?」
「は、はい、大丈夫です」
俺から包丁を受け取ったテッドさんは、深呼吸を一つしてからモルボーアの肉の塊をミンチにするために二本の包丁を使って肉を細かくしていく。
「おっ、何か始めたぞ」
「何々、見たことないことしてるんだけど……」
二本の包丁を使うという見慣れない光景に、村人たちの視線がテッドさんに集まって来る。
「…………」
周りからの視線を受けても、テッドさんは表情を崩すことなく一心不乱に肉を叩いて細かくしていく。
そうして肉を叩くことおよそ十数分、肉が十分に細かくなったところでテッドさんが確認のために俺に肉を見せる。
「ハルトさん、どうですか?」
「ええ、大丈夫です。それでは肉をこちらに」
そう言って事前に用意しておいたミンチ肉が入った木の器を差し出すと、テッドさんはその中に肉を加える。
流石に一からもてなしの料理を用意するとなると、手際次第では何時間も待つことになってしまうので、こうした事前の準備は許容してもらっている。
さらに言えば、テッドさんの調理に手を貸すことも問題ないとのことだったので、俺は彼の助手として横から色々とアドバイスしたり、効率化を図るためにいくつかの作業を手伝ったりすることにしたのだった。
「ふぅ……次に行きます」
予定の量の肉を用意したテッドさんは、前にハンバーグを作った時に書いたメモを見ながら、みじん切りにした玉ねぎ、にんにく、卵黄、細かく刻んだパン、少し多めの牛乳を入れ、味付けに塩コショウ、ナツメグを入れてよくかき混ぜていく。
手際よく粘り気が出るまで肉をしっかりとかき混ぜたら、続けて事前にリコのジュースに浸けておいた薄くスライスしたモルボーアの肉を取り出し、テッドさんはある調理道具を用意する。
「何これ……見たことない」
「面白い形をしてるね。まるでリブラ様に仕える天使の輪みたい」
ドーナツ型の初めて見る調理道具に、村人たちが沸き上がるのも無理なかった。
テッドさんが取り出したものは、俺が自分の世界から持って来た、ゼリーやババロアを作る時に使う金属製のエンゼル型だった。
周りからの興味津々といった視線の中、テッドさんはエンゼル型の側面にリコのジュースに浸けておいたモルボーアの肉を放射状に敷き詰める。
次にひき肉を型の半分まで詰め、小麦粉を薄くまぶしたゆで卵を並べた後、型の限界ギリギリまでひき肉を詰めていく。
村のパンを焼く時に使う石窯の中に、ずっしりと重くなった肉の詰まったエンゼル型を入れたら、焼き上がるまでの時間を使ってテッドさんはトマトソースの作成に取り掛かる。
この石窯も最初こそ扱いに戸惑い、何度も失敗を重ねたテッドさんであったが、今では俺の指示なしでも一人で完璧に焼けるようになった。
……テッドさん、ほんの一日足らずで立派になって……。
華麗な手裁きでトマトをみじん切りにするテッドさんを見ながら、俺はしみじみと頷いて彼の料理を見守った。
三十分かけて石窯でじっくりと焼き、少し冷ましてから型の中身を皿に空けると、見事に焼き上がったドーナツ型の肉の塊が現れる。
そこに器に残った肉汁を回収して仕上げの味付けした熱々のトマトソースをたっぷりとかけ、彩りの野菜を周囲に盛りつければ完成だ。
完成した皿を落とさないように慎重にソフィアさんの席まで運んだテッドさんは、驚いて目をまん丸に見開いている新婦に笑顔で話しかける。
「ソフィア、お待たせ。これが君のために造った料理、リースミートローフだよ」
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