第19話 幸せのおすそ分け

 天使の輪のような形の料理を見て、ソフィアさんは驚いたように目を見開いてテッドさんに尋ねる。


「テッド……これが本当にモルボーアの肉なの?」

「そうだよ、ソフィア。君のために……君が食べられるように、そこにいるハルトさんが考案してくれたんだ。君にとってモルボーアは好きな食べ物じゃないかもしれないけど、これでダメなら二度と食べてなんて言わないから、勇気をもって試して欲しい……ダメかな?」

「ううん、ダメじゃないわ。後……私、テッドに謝らないといけないことがあるの」

「えっ? 何?」


 一体何事かと軽快するテッドさんに、ソフィアさんは申し訳なさそうに眦を下げながら告白する。


「実は私、モルボーアの肉は苦手でもなんでもないの。むしろ好きな方よ」

「えっ、嘘……」

「嘘じゃないわ。もし本当に嫌いなら、結婚する前にあなたに正直に言うわ。モルボーアが嫌いな私でも結婚してくれますか? ってね」

「でも前に食べた時は、あんなにも微妙な顔を……」

「ごめんなさい。あの時、私ならもっと美味しく調理できるのにな、って思ったのが思わず顔に出ちゃったの。あの時のあなたの料理、お世辞にも上手とは言えなかったから」

「そ、そうだったんだ……」


 心配事がまさかの杞憂だったと知り、テッドさんは力が抜けたように放心状態になる。



 そんなテッドさんに、ソフィアさんは本当に申し訳なさそうな顔をすると、手を伸ばして彼の手を優しく握る。


「そうなのよ。だから私がお嫁さんになって、あなたにとびきり美味しいモルボーアの肉を食べさせてあげようと思っていたのに、先を越されちゃったわね」


 ソフィアさんは嬉しそうに破顔すると、せっかくのドレスが汚れないようにナプキンをしっかりと身に付けて、期待に満ちた顔でテッドさんを見やる。


「さあ、あなたの努力の成果、見せてちょうだい」

「ハハッ……お任せを」


 テッドさんは笑顔で頷くと、名残惜しそうにソフィアさんと繋いだ手を離してナイフを手に取る。


 まさかの勘違いで努力を重ねてきたテッドさんであったが、この料理ならば今度こそソフィアさんは喜んでくれるだろうと、自信を覗かせてミートローフを切り始める。


 まるでケーキを切るように鮮やかにナイフを走らせると、ミートローフの断面が露わになる。


「わあっ、凄い! 中はこんな風になっているんだ」


 肉の真ん中にゆで卵が入った断面図を見て、ソフィアさんが喜色を浮かべながら手を叩く。


「あの黒焦げの肉しか焼けなかったあなたが、見た目も綺麗な料理を作れるようになったなんて……たくさん頑張ったのね」

「うん、でも殆どはそこにいるハルトさんのお蔭だよ。彼がいなかったら、僕はまだ黒焦げの肉を君に出すところだったよ」

「そうなの? ハルトさん、テッドのためにありがとうございます」

「いえいえ、これもテッドさんがソフィアさんを想って頑張っていたからですよ」


 俺はゆっくりとかぶりを振りながら、綺麗に盛り付けされたミートローフを指差す。


「それより早く料理を食べてあげて下さい。きっと驚くと思いますから」

「わかったわ。それじゃあ、遠慮なくいただくわ」


 ソフィアさんは快活に笑みを浮かべて頷くと、ナイフとフォークを手に取って肉を切りにかかる。


「わっ、凄い……本当に驚くほど柔らかくなってる」


 ミートローフを一口サイズに切ったソフィアさんは、トマトソースとたっぷり絡めて大きな口を開けて一気に頬張る。


「――っ!? 美味しい……これが本当にモルボーアなの?」

「うん、本当にモルボーアだよ。それだけじゃなくこの周りの薄い肉もモルボーアなんだよ」

「えっ、嘘……これもモルボーアなの?」


 ソフィアさんは信じられないといった様子でモルボーアの薄切り肉を引き剥がして食べる。


「こっちも信じられないくらい柔らかい……それに全く獣臭くないのに、肉のおいしさはキチンと残ってる……一体どんな調理をしたらこんな風になるの?」

「実はね……」


 疑問符を浮かべるソフィアさんに、テッドさんはモルボーアの肉を柔らかくする方法を説明する。



「えっ? 何々、せっかくだから私にも教えて」

「というより、この料理、食べてみたいんだけど……一口でいいからくれない?」

「わ、私にも食べさせてくれ。娘が気に入った料理なら、私たちの舌にも合うはずだ」


 ソフィアさんのリアクションを見て、次々とミートローフを食べたいという村人たちと、ソフィアさんの親族たちがテッドさんに詰め寄る。


「わわっ! わ、わかりました。料理はいっぱいありますから、順番にお願いします」


 我先にと殺到する人たちを前に、テッドさんは目を白黒させる。



 すると、それを見たソフィアさんが、仕方ないなという風に苦笑して立ち上がる。


「テッド、私も手伝うわ」

「えっ、でも……」

「でもじゃないでしょ。皆に料理を振る舞うというなら、それはあなただけじゃなく、妻である私の仕事でもあるわ。私たちの門出を皆に祝ってもらったお礼に、皆に喜んでもらいましょ」

「ソフィア……うん、そうだね。二人でやろう」


 二人は頷き合うと、集まった人たちにお礼の言葉を言いながら笑顔でミートローフを配っていく。




「…………よかったのぅ」


 忙しなくミートローフを配るテッドさんたちを見ながら、エレナが感慨深げに呟く。


「結局はテッドの早とちりであったが、こうして夫婦仲良く肩を並べて笑い合えるのは良いことじゃ」

「そうだね……って何だか含蓄ある物言いだね。もしかしてそんな経験でもあるの?」

「フッ、どうかの……」


 エレナは遠い目をして小さく嘆息すると、俺の服の裾をぐいぐい引っ張る。


「それより、ワシは腹が減ったぞ。流石にあのミートローフを欲しいとは言えん。じゃからハルト、ワシのためにミートローフを作ってくれ」

「ハハッ、わかったよ。肉はまだあるから、今からミートローフを作ろうか?」

「うむ、それでこそハルトじゃ」


 もう既に腹ペコな様子のエレナにぐいぐい引っ張られながら、俺は幸せそうにミートローフを運んでいるテッドさんたちを見やると、


「お二人共おめでとう。どうか、末永くお幸せに」


 そっと祝福の言葉を投げかけながら、結婚式会場を後にした。

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