第16話 食べ物を粗末にしてはいけません

 肉を柔らかくする方法のその二として、俺が思いついた料理はハンバーグだ。



 ハンバーグの起源は、十八世紀頃、ドイツの港町ハンブルクで親しまれていたタルタルステーキだと言われている。


 そのタルタルステーキは、十三世紀頃にヨーロッパまで攻め込んだ騎馬民族、タルタル人が食べていた料理と言われている。


 タルタル人は、遠征の時に乗っていた馬も食料にしたというが、この肉が大変硬く、そのままでは食べにくいということで、試行錯誤の末に細かく切り、玉ねぎや香辛料で味付けして食べたのがタルタルステーキというわけだ。


 つまり、ハンバーグは硬い肉を美味しく食べるために生まれたといっても過言ではなく、モルボーアの肉を美味しく食べるのにも適しているといえるだろう。



「さて、こんなものでいいかな」


 これでもかとモルボーアの肉を細かく刻んだ俺は、肉を一つにまとめて深い木の皿の中に入れる。


 そこにみじん切りにした玉ねぎ、にんにく、卵黄、細かく刻んだパン、少し多めの牛乳を入れ、味付けに塩コショウ、ナツメグを入れてよくかき混ぜていく。


 本当は、玉ねぎはあめ色になるまで炒めたものを使った方がいいのだが、この作業は手間がかかるし、料理の経験が浅い人は失敗しがちなので、今回は生の玉ねぎでいくことにした。



 全体をよくかき混ぜ、少し粘りが出てきたところで一人分の肉を取って整形していく。


「この時、こうして手でキャッチボールするようにして下さい」

「こ、こうですか?」


 俺がゆっくりと動かしながら説明するのを見て、テッドさんが真似するように手の中でペチペチと肉団子をキャッチボールする。


「そうです。これを行うことで、肉の中の空気が抜けて、焼くときに割れるのを防いでくれるんです」

「へぇ……」


 俺が手際よくペチペチとキャッチボールするのを見て、最初はおっかなびっくりだった手つきでやっていたテッドさんも、徐々にリズムカルに肉をこねていく。



 このまま人数分のハンバーグを作ろうとしていると、


「面白そうじゃ。ワシにもやらせてくれ」


 肉を成型する作業が面白そうだと思ったのか、鼻息を荒くしたエレナがやって来る。


「フフン、ワシがとびきり大きなハンバーグとやらを作ってやろう」

「それはいいけど、ちゃんと手を洗ったか?」

「心配ない。たった今、洗ったからの」


 そう言ってエレナは、魔法で綺麗にしたであろう両手をこちらに向けて広げる。

 相変わらずどんな魔法を使ったのかはわからないが、エレナが言うなら間違いないだろう。



 一応、俺はエレナの手を見て汚れがないのを確認すると、一歩右にずれて彼女が作業できる場所を確保する。


「それじゃあ、どうぞ。やり方は説明しなくても大丈夫かな?」

「無論じゃ。ワシを誰だと思っているのじゃ」


 銀の賢者と呼ばれるだけあって物覚えに自信のあるエレナは、だぼだぼのローブを腕まくりをすると、勢いよく手を伸ばしてハンバーグの種を掴む。


「あっ……」


 しかも、宣言通り一際大きなハンバーグを作るつもりなのか、両手でこれでもかと種を掴むエレナを見た俺は、嫌な予感を察して空の深皿を手に取る。


「よし、見ておれハルト、ワシの見事な手裁きを!」


 頭の中で華麗にキャッチボールする姿を思い浮かべた様子のエレナは、ハンドボールぐらいのサイズになった種を、小さな手を振り下ろして下で構えている手で受け取ろうとする。


 だが、


「んなっ!?」


 大人の手ならいざ知らず、子供の姿となったエレナの手ではそんな大きな種を受け止められるはずもなく、彼女の手を支点として真っ二つに割れて地面へと落ちる。


「――っ、間に合え!」


 こうなることをあらかじめ予期していた俺は、身を投げ出して深皿を種の落下地点へと必死に伸ばす。



 思いっきりダイブしたので腹部や肘が痛かったが、身を挺した甲斐もあり、種は見事に深皿の中に着地する。


「…………セーフ」


 改めて深皿の中を確認して、種が無事であることを確認した俺は、立ち上がって青ざめているエレナに話しかける。


「エレナ、食べ物を粗末にしてはいけないよ」

「ううっ……す、すまぬ。今のはワシが全面的に悪いのじゃ」


 子供の姿になって涙腺まで脆くなっているのか、涙目になったエレナはがっくりと肩を落とす。


「ちょっと楽しそうだと魔が差したのじゃ。後はおとなしく見ているから……ハルト、任せたぞ」


 そのままトボトボと元いた位置に戻ろうとするエレナを見て、俺はやれやれと小さく嘆息する。

 せっかくエレナがやる気になったのだ。たった一度の失敗で諦めてもらっては困る。


 同じ食べることをこよなく愛する者として、せっかくだから料理する楽しさを知ってもらいたかった。



 俺はエレナの手のサイズにぴったり収まるであろうサイズの種を取ると、小さな背中に優しく声をかける。


「エレナ、頑張ってもう一回やってみない?」

「じゃが……」

「大丈夫だよ。今度は俺も見ているからさ。それに、机の上でやれば下に落ちる心配はなくなるからさ。ハンバーグの種をこねるの……楽しかったろ?」

「……うん」

「だったらやろうよ。美味しいご飯は、皆で作った方が楽しいよ」

「わかったのじゃ」


 振り返ったエレナはこっくりと頷くと、とてとてと俺の隣にやって来て両手を差し出す。


「今度はハルトの言う通りにやるのじゃ。さあ、教えてくれたもれ」

「うん、じゃあこれを持って……今度はゆっくり、一つ一つ丁寧にやっていこう」

「うむ……」


 おとなしく頷いたエレナは、今度は俺の指示通りにハンバーグの種を丁寧にこね、楕円形の小さなハンバーグを作った。

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