第2.5章 とっても甘い、甘くない業界
第38話 甘々な思考
俺の名前は
その目的は、ウイルスのない世界で思う存分に食べ歩きを満喫すること。
旅の一切の心配はエレナが請け負ってくれるとのことなので、代わりに俺は彼女が満足するような料理を振る舞うと約束している。
そんな少し変わった契約関係の俺たちの旅は、肉、魚と来たので、ここで一つ趣向を凝らしてデザートを目指すことにした。
目的地は港町フロッセからほど近い場所にある牧場……ここで新鮮な卵や牛乳を分けてもらって、エレナが好みそうなお菓子を作るつもり…………………………だったのだが、
「……何これ?」
俺は目の前に広がる光景に、呆気にとられたように立ち尽くす。
「ふぅ……ふぅ……ど、どうじゃ、まだやる気か?」
そこにはいつもの幼女姿ではなく、成人女性の姿で荒い息を吐くエレナと、
「ま、参りました」
「流石は銀の賢者様」
「完敗です」
全身に傷を負っているにも拘わらず、何故か幸せそうな顔をして地面にひれ伏すオーバーオールを着た三人の男性がいた。
……あれ、俺たちって牧場に新鮮なミルクや卵を貰うために来たんだよね?
どうしてこんなことになったのだろう、と思いながら、俺はこれまでの経緯を思い返す。
ことの始まりは、目的地である牧場にやって来て牧場主であるバカラさんに挨拶をした時のことだ。
巨大な馬に乗り、カウボーイハットを被ったダンディという言葉が似合うバカラさんは、鼻の下に生えた自慢のちょび髭を触りながら、俺の言葉を反芻する。
「ぼう……お菓子を作るために、我が牧場の卵やミルクを使いたいと?」
「はい、他にもチーズとかあれば譲っていただきたいんですけど……ありますか?」
「ええ、ええ、モチロンありますとも。特に我が牧場のチーズは、遠方から買い付けが来るほどの人気商品ですよ」
自分の牧場の畜産品、特にチーズに自信があるのか、バカラさんは満面の笑みを浮かべて何度も頷く。
だが次の瞬間、凄く自信満々だったバカラさんの表情が曇る。
「その……せっかく来ていただいたお客様に、是非とも我が牧場の品々を堪能していただきたいのですが……」
「何か問題があるのですか?」
「実はですね……」
バカラさんは馬から降りると、カウボーイハットを脱いで申し訳なさそうにこの牧場で起きている問題について話した。
そうして向かった先は、動物たちが飼育されている畜舎だ。
「……ほう、この牧場の卵やミルク、そしてチーズが欲しいとな?」
「だが、残念だったな」
「この牧場は今、我々の手によって占拠されているのだ」
畜舎の屋根の上をみると、オーバーオールを着た似た顔立ちをした男性が三人、干し草を持ち運ぶ時に使うような巨大なフォークを手に立っていた。
「お前たち、もういい加減、バカな真似はやめるんだ」
すると、バカラさんが畜舎の屋根の上に立つ三人に向かって叫ぶ。
「ウノ、ドス、トレス、何度も言うが、冒険者で食べて行くなんて絶対に無理だ!」
「うるせぇ! 親父に何がわかるんだ!」
「俺たちはもう決めたんだ!」
「そうだ、こんな田舎の牧場を飛び出して、鍛え抜かれた筋肉で人々を救うんだ!」
三人はそれぞれの想いを吐露すると、鍛え上げられた筋肉を誇示するようにポージングをする。
「……というわけなんです」
ドヤ顔を決める三人を見たバカラさんは、頭痛を堪えるように額を押さえながら現状を話す。
「私のバカな三つ子がああやって畜舎を占拠してしまって、仕事を邪魔するんです」
「ああ、三つ子……だからよく似ているんですね」
「見た目だけならよかったんですがね……中身もそっくりなんです」
バカラさんによると、三人の子供たちは幼少期から冒険者に憧れを抱き、そのためには何が必要かを考え、仕事の合間を縫って体を鍛えていたのだという。
だが、時代は移り変わり、魔王が倒されて冒険者の需要は殆どなくなった今、新たに冒険者になろうという酔狂な者はいないということだ。
そんな将来が見通せない冒険者に、まさか三人の子供たちが揃ってなりたいと言い出すとは思わなかったバカラさんは、がっくりと肩を落として溜息を吐く。
「私ではもう何を言っても言うことを聞いてくれなくて……実は、ハルトさんたちが来なければ、行商人をしている妻を呼び戻しに行くところだったのです」
「なるほど……」
ということは、俺たちが来るのがもう少し遅かったら、状況も理解できずに途方に暮れていたかもしれないということだ。
……といっても、一体どうしたものだろうか?
俺は本当に申し訳なさそうに肩を落とすバカラさんを一瞥した後、腕を組んで不機嫌を露わにしているエレナに話しかける。
「エレナ……どうする?」
「どうするもこうもない。あの男の言う通り、冒険者になりたいなど愚か者の極みだ」
そう言ったエレナの体が煙に包まれたかと思うと、少女の体から大人の女性へと戻る。
「冒険者がいかに過酷な職業か、このワシが直々に叩き込んでやろう」
そう言ってシニカな笑みを浮かべるエレナの顔は、いつか見た悪人の顔そのものだった。
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