第40話 甘くて柔らかい人気商品
「ハルト……お主も大概じゃのう」
俺に言われた通り必死にかき混ぜているウノ君を見ながら、エレナが呆れたように笑う。
「あの行為に何か意味があるのか? ワシにはただ、無為に過酷な労働を押し付けているようにしか見えんぞ」
「いやいやいや、そんなわけないだろ」
俺は大袈裟にかぶりを振ると、エレナの言葉を真っ向から否定する。
「あれにはちゃんとした意味があるんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。お菓子はとても美味しいけど、創るのはとても大変なんだ」
何を作っているかは「また後で」と言ってここは三つ子に任せて、俺は次の料理に移ることにする。
「さて、これで一品目は大丈夫として次は……」
俺はバカラさんに頼んだこの牧場自慢だというチーズの到着を待つ。
何と言っても、この交通の便があまり良くない異世界において、わざわざ遠方から買いに来る人がいるほどの人気商品ということだ。
そんな事実を聞かされたら、何が何でもそのチーズを使いたくなると思うのは当然である。
それにしてもバカラさん……遅いな。
すぐに戻ると言っていたのに、中々姿を見せないバカラさんを今か今かと待ちわびていると、
「んもぅ~」
「おわっ!?」
突如として背後を何者かに突き飛ばされ、俺は前へとつんのめる。
「……っとと、危ない」
どうにか間一髪のところで地面への激突を免れた俺は、一体何事が起きたのかと背後を振り返る。
「んもぅふ!」
「……っておうわ!」
振り返ると同時に、何かに顔をべロリと舐められ、驚いた俺は堪らず尻餅を付く。
一体何が現れたかと思って顔を上げると、つぶらな瞳をした牛のような形の四足歩行の生き物が俺を見ていた。
まるで全身がモップのような長い白い毛に覆われた生き物は、驚いた俺を見ていたずらが成功した子供のように白い歯を剥き出しにして笑う。
いきなり現れた表情豊かな生き物を見て、一体何だと思っていると、
「こ、こら~ハナコ! お前、乳搾りがまだ終わってねぇぞ!」
チーズを取りに行っていたはずのバカラさんが現れ、モップのような生き物の首についていた紐を手に取って俺に向かって頭を下げる。
「すいませんハルトさん。ウチのハナコが突然飛び出していって……ハナコに何か粗相はされませんでしたか?」
「あ、ああ、少し驚きましたが大丈夫です」
世界中を巡れば色んな生き物に触れる機会も多いので、この程度のことでは驚いても怒ったり忌避したりするようなことではない。
俺は何故かスリスリと身を寄せてくる、ハナコと呼ばれた生き物の頭を撫でながらバカラさんに尋ねる。
「あの……ハナコってこの子の名前ですよね? もしかして牛なんですか?」
「はい、フォレテットという牛の仲間のハナコです。どうです、中々前衛的でカッコイイ名前でしょ?」
「あっ、はい……いい名前ですね」
色々と思うところがないわけではないが、ここが異世界であることを加味すると「ハナコ」という名前は前衛的な名前なのかもしれない。
俺が素直に名前を褒めながらハナコちゃんの頭を撫でていると、バカラさんは嬉しそうに頷きながら自慢の髭を得意気に撫でる。
「でしょう? 実はこの子が出すミルクで作るチーズは絶品でね。今日はハルトさんにそのチーズをご紹介したいと思っています」
「えっ、この子が?」
驚いてハナコちゃんの方を見ると、つぶらな瞳の家畜は得意気に「んもぅ」と一声鳴いて体をぶるるっ、と震わせる。
どうやらこの子から作れるチーズが、今回のキーとなりそうだった。
それからバカラさんは、名残惜しそうに「んもぅ」と鳴くハナコちゃんを畜舎に連れて行き、少ししてからまた現れる。
そんなバカラさんの手には、丸い物体の乗った皿が握られていた。
皿の上へと期待に満ちた視線を向ける俺に、バカラさんはニコリと笑いながら皿を差し出してくる。
「はい、これがハナコから取れたチーズです」
「これが……」
皿の上に乗せられた雪のように白いまん丸のチーズを受け取った俺は、少しだけ摘んでみる。
「わわっ……柔らかい」
「驚きでしょう? この柔らかさが、フォレテットのチーズの最大の特徴です。ささっ、どうぞご賞味ください」
「わ、わかりました」
自信満々といったバカラさんに頷きながら、俺はまるでマシュマロのようにふわふわしたチーズを二つに分け、一つをエレナに渡して食べてみる。
「――っ、美味い!?」
「うむ、何よりも驚くのは、この甘さじゃな」
俺の後を引き継いで、幸せそうな顔をしたエレナが感想を口にする。
「他のチーズと違って酸味や塩気が少なく、口の中で転がしていくだけで溶けていくな。じゃが、それでいて濃厚な乳の香りと旨味は十分ある……これは今までにないチーズといっても過言ではないぞ」
「うん、いつも的確な感想ありがとう」
言いたいことは殆ど全てエレナが言ってくれたので、俺は頷くだけにしてこのチーズを使ってどんなお菓子を作ろうかを考える。
「それでハルトよ。これで何を作るのじゃ」
「うん、実はもう決まっているんだ」
候補はいくつか上がっていたが、これだけ上品なチーズとなると、やはりアレを作ってみたくなった俺は「期待していて」と言って調理を開始する。
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