第41話 甘いお菓子の裏側
先ず用意したのは、コーヒーだ。
かなり濃い目に淹れたコーヒーに、香りづけにラム酒を少しだけ加えて冷やしておく。
次にパンを細長く、短冊状に切ったものをフライパンでカリカリになるまで揚げ、こちらもコーヒーと同様に冷やしておく。
続いて卵を卵黄と黄身とに分け、白身だけをボールにとってエレナに話しかける。
「エレナ、この卵白をかき混ぜてメレンゲを作ってくれるかな?」
「メレンゲというとあれか? あのふわふわの……」
「そう、それだよ。こんな風にかき混ぜ続ければだんだん泡立ってくるから頑張って」
「うむ……」
俺から泡立て器を受け取ったエレナは、俺の指示通りにカチャカチャと動かして卵白を混ぜる。
「こんな感じか?」
「うん、良い感じ。後、少しかき混ぜたらこの砂糖を入れて……でも、いっぺんに入れちゃダメだよ? せっかくの泡がなくなっちゃうから、少しずつ加えていって」
「わかった。少しずつじゃな……それで、どれくらいまでかき混ぜればいいのじゃ?」
「目安は、ひっくり返しても落ちないぐらいかな? かなり大変だけど、エレナならできると信じているよ」
「わかった。その任務、必ずややり遂げてみせよう」
エレナは泡立て器を掲げて嬉しそうに頷くと、軽快なリズムで泡立てていく。
「……頼んだよ」
メレンゲ作りをエレナに任せたので、俺は卵黄に砂糖を入れてかき混ぜていく。
大人のエレナは子供の姿と違って、冷静に的確な動作で卵白を泡立てていく。
最初こそ楽しそうにカチャカチャと泡立てていたエレナであったが、
「こ、これは中々大変じゃな……」
中々卵白がメレンゲに変わらないことに、エレナが少し困ったように眦を下げて俺に尋ねてくる。
「のう、ハルトよ。これであっているのかえ?」
「うん、合ってるよ。ほら、何だか最初に比べて白っぽくなってきたでしょ?」
「そうじゃが……お菓子作りとは、かくも大変なのじゃな」
「そうだよ」
少し弱音を吐くエレナに俺は大きく頷くと、普段は教わってばかりの彼女に得意気に説明してやる。
「おいしいお菓子を作るためには、普通の料理に負けない……場合によってはそれ以上の労力が必要なんだよ」
「ふむ……華やかな見た目の裏には、相応の労力が詰まっているのだな」
「そういうこと。だからおいしいお菓子を食べるためにも、頑張って立派なメレンゲを作ってくれると嬉しいな」
「…………わかった」
再び目にやる気の光を灯したエレナは、気合を入れ直して再びメレンゲ作りに取りかかっていく。
「ハ、ハルトさん……」
すると、エレナに肉体労働を振る俺を見兼ねてか、バカラさんがおそるおそる話しかけてくる。
「その、エレンディーナ様にそのようなことをやらせるのは……メレンゲ作りなら、私がやりますから」
「いえいえ、いいんですよ」
バカラさんの申し出に、俺は微笑を浮かべてゆっくりとかぶりを振る。
世界を救った銀の賢者がメレンゲ作りをするという光景に、バカラさんは恐縮しているようだが、俺からすれば今のエレナはとても楽しそうに見えた。
おそらくエレナにとって、誰かに特別扱いされることが何よりも嫌なのだろう。
だからせめて俺だけはエレナを特別視することなく、彼女と同じ目線で立って分け隔てなく接しようと思っていた。
頑張って泡立て器を動かし続けるエレナを指差しながら、俺はバカラさんに向かって話す。
「見て下さい。今のエレナ、とっても楽しそうでしょう?」
「えっ? そ、そうなのですか?」
「そうなんです。だから絶対にエレナに代わりましょうか? なんて言っちゃダメですよ」
俺はバカラさんにエレナの邪魔をしないように厳命しながら、自分のお菓子作りの作業に戻る。
エレナに負けないように砂糖を混ぜた卵黄をかき混ぜ続け、白っぽくなってきたらフォレテットのハナコから取れたチーズを入れ、さらにかき混ぜていく。
それからチーズと卵黄が滑らかになるまでかき混ぜた俺は、メレンゲ作りをしていたエレナに話しかける。
「エレナどう?」
「うむ、大いに疲れたが、できたぞ」
そう言ってニヤリと笑ったエレナは、メレンゲの入ったボールを逆さまにしてみせる。
すると、しっかりと泡立てられたメレンゲは、逆さにしてもボールから落ちて来なかった。
「どうじゃ、見事なものじゃろ」
「うん、凄い。完璧だね」
俺は大きく頷きながら手を上げて、エレナとハイタッチする。
「じゃあ、この二つを合わせて行こうか」
卵黄とメレンゲを少しずつ合わせてチーズクリームを完成させたら、後はもう盛りつけるだけだ。
盛りつけは最初にカリカリに揚げて冷ましておいたパンをコーヒーに浸し、カップサイズの容器に並べ、チーズを合わせたクリーム、コーヒーに浸したパン、クリームと層になるように重ねる。
そうしてカップが一杯なったら、最後にココアパウダーを茶こしを使って振りかけたら、後は冷やすだけだ。
「……そろそろかな?」
こっちの作業が大体終わるのと同時に、キッチンタイマーの音が聞こえる。
「ハ、ハルトさ~ん」
目を向けると、三つ子が嬉しそうに鍋を抱えながらこっちにやって来る。
「どうです。ちゃんと焦がさずにできましたよ」
「……うん、完璧だ。三人とも、お疲れ様」
俺が頷いてサムズアップをしてみせると、三人の顔に喜びが爆発する。
改めて三人に労いの言葉をかけた俺は、鍋の中身を金属製のバットにあけ、へらで均等に伸ばす。
「さて、後はこれらを十分に冷やすんだけど……エレナ」
「うむ、ワシの出番じゃな」
エレナは任せろというに頷くと、クリームの入った容器とバットに向かって手を軽く振る。
すると容器にみるみる霜が発生し、ドライアイスに水をかけたかのようなひんやりと冷たい煙が発生する。
これは言うまでもなく、エレナの魔法によって急速に冷やしているのだ。
相変わらず目では何も見えないが、これで本当は何時間もかかる冷却作業が一瞬で終わるから実にありがたい話だった。
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