第29話 銀の賢者の確かな予言
「「「ごちそうさまでした」」」
「はい、お粗末様でした」
綺麗に空になった二つのフライパンと、幸せそうなマリナちゃんとカイト君の顔を見て俺は大きく頷く。
お腹が一杯になれば、人は自然と笑顔になるものだ。
できればこのまま「めでたしめでたし」で終わりたいところだが、そういうわけにもいかない。
何故なら、もう陽が暮れて随分と経つのだが、一向に二人のご両親が戻って来る気配がないからだ。
流石に子供二人だけにしておくのは忍びないと思った俺は、食後のお茶を淹れながら膨れたお腹を擦っているマリナちゃんに尋ねる。
「ねえ、マリナちゃん。ご両親はまだ帰って来ないの?」
「えっ? あっ、はい……そうですね」
お茶を受け取りながら、マリナちゃんは困ったように笑う。
「実は、私たちのパパとママは、漁師をしているんです」
「うん、聞いた。確か、カイナッツナがどうとか?」
「そうです。パパとママはそのカイナッツナの漁に、一昨日から出たまま帰って来てないんです」
マリナちゃんによると、この時期になるとカイナッツナという回遊性の大型魚が現れるのだという。
このカイナッツナは非常に凶暴で、港にやって来る船を見つけては、その巨大な体で体当たりを繰り返すので、海の悪魔などと呼ばれているのだという。
「ですからこの街の漁師総出で、カイナッツナの漁へと出かけるのですが……」
「もしかして、漁が上手くいっていないの?」
その問いかけに、マリナちゃんはゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、漁自体は問題なく行われて何名かは戻って来ています。ただ、パパとママをはじめ、腕利きの漁師が特別に大きなカイナッツナを見つけたとかで、漁をしていた海域に残ったそうです」
「そうなんだ。ちなみにだけど、今までもそういったことはあったの?」
「たまにありました……でも、どんなに遅くても翌日の夜までには帰って来てくれたのに……」
マリナちゃんは目から大粒の涙を流しながら、祈るように問いかけてくる。
「あの、パパとママ……無事ですよね? ちゃんと私たちの下へ帰って来てくれますよね?」
「そ、それは……」
その質問に、俺は何と答えていいかわからず、窮してしまう。
無事に帰って来る、と口に出すのは簡単が、ここでマリナちゃんが求めているのは、そういった安易な気休めの言葉ではないだろう。
せめてカイナッツナという魚がどんな魚かわかれば、どれぐらいの危険度なのかがわかるのだが、名前からわかるのは『ガ』が付く雷の魔法、二発で倒せる四天王の中でも最弱だと思っているボスを思い起こさせるぐらいだ。
当然ながら、そんなゲームみたいに簡単にはいかないだろうから、どう答えたものかと思っていると、
「なに、何も心配する必要はないじゃろ」
優雅にお茶を飲んでいたエレナが、ニヤリと笑いながら俺の代わりにマリナちゃんに答える。
「カイナッツナ程度、凄腕の漁師ならサクッと捕まえて帰って来るじゃろ」
「お、お前にみたいなガキに何がわかるんだよ!」
何でもないように言ってのけるエレナに、カイト君から抗議の声が上がる。
「カイナッツナの漁がどれだけ危険かわかっているのか? 何にも知らないから、そんな勝手なことが言えるんだ」
「…………まさか、ガキにガキ呼ばわりされるとは思わなかったぞ」
てっきり怒るかと思ったが、エレナは呆れたように笑うと、カイト君に向かって静かに話しかける。
「まっ、確かに今のワシはガキじゃが、お主よりは世の中のことに頓着はあるぞ」
「わ、訳のわからない言葉ばかり使って……馬鹿にするなよ!」
余裕の態度を見せるエレナを見て馬鹿にされたと思ったのか、カイト君は憮然とした態度をみせる。
「じゃ、じゃあそのとん……ちゃく? とやらで、僕たちのパパとママがいつ帰って来るか当ててみろよ」
「フッ、そんなのは朝飯前じゃ」
カイト君の挑発を真っ向から受け止めたエレナは、自信満々にカイト君に解答を告げる。
「おぬしらの両親は明日の朝、早朝には戻って来るだろうよ」
「ほ、本当に?」
「ホントのホントじゃ。もし約束を違えば、人前で裸踊りでも何でもしてやろうぞ」
「そ、そんなこと言って、嘘だったら本当に裸踊りさせるからな!」
「無論じゃ。お主こそ、明日の早朝に両親が戻って来た時、眠っていて後悔などするなよ?」
「フ、フン……そういって後で吠え面かくなよ」
カイト君は残ったお茶を一気に飲み干して立ち上がると「おやすみなさい」と言って大股で部屋から退出していった。
風のようにカイト君が去った後、残ったマリナちゃんが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
「すみません、カイトに気を遣ってもらって……」
「いやいや、そんなことないよ」
恐縮するマリナちゃんに、俺は今度こそ自信を持って告げる。
「だってマリナちゃんのご両親が明日の早朝に帰って来るのは本当だからね」
「えっ?」
「まあ、その理由を詳しく言うことはできないけど、全ては明日の朝になればわかるからよ」
「は、はぁ……」
態度を急変させた俺を見てマリナちゃんは不思議そうに首を傾げていたが、明日になればわかるという俺の言葉を信じて、それ以上の追及はしないでくれた。
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