第43話 甘い話を片手に
日本に戻ってフォレテットのチーズを使った料理を振る舞うという、いつかの未来を思い描いていると、カラコロと音を立てながら荷馬車がやって来るのが見えた。
「あら? 何やら楽しそうなことやっているのね」
すると御者台に座る何処かバカラさんの三つ子を思わせる縦にも横にも大きな女性が、被っていたカウボーイハットを振りながら俺たちに声をかけてきた。
「昼間から優雅にお茶会でもやっているのかしら? 私も混ぜてもらえる」
「おおっ、ネミッサ!」
現れた女性の正体に気付いたバカラさんが、彼女の傍に立って俺たちに紹介してくれる。
「ハルトさん、エレンディーナ様、こちらは私の妻でネミッサです。ネミッサ、こちらはハルトさんと銀の賢者、エレンディーナ様。私たちの大切なお客様だよ」
「ネミッサです。はじめましてハルトさん、それとエレンディーナ様って……本物?」
「本物だよ。ウチのバカ息子たちの冒険者になりたいって暴走を、止めて下さったんだ」
「まあ、本当に?」
三つ子の夢には参っていたのか、嬉々とした表情を浮かべたネミッサさんは、エレナの腕を取って激しく上下させながら礼を言う。
「それはありがとうございます。エレンディーナ様」
「いや、ワシはエレナちゃんなのじゃが……」
「本当は私も息子たちのやりたいことを好きにやらせたいんですけどね……やっぱり親として冒険者、しかもこのご時世になるって聞かされて困っちゃっていたのよ」
「あ、あの……」
「私も行商人として各地を転々としているからわかるけど、もう「冒険者です」なんて名乗る人、何処にもいないのよね。これも皆、エレンディーナ様たちが世界を救ってくれたお蔭よ。ああ、そうそう世界といえば私も昔は冒険者としてブイブイ言わせていたんですけどね……」
どうやらネミッサさんはかなりのおしゃべりらしく、エレナがいつも通り自分は銀の賢者ではないと否定しようとするのを無視して、自分のしたい話を延々と続けている。
その有無を言わせないネミッサさんの圧に、エレナが困ったように助けを求めるように俺の方を見る。
「ハ、ハルト……」
「ごめん、俺には止めることはできそうにないよ」
それはバカラさんと三つ子が気まずそうに視線を逸らすだけで、決してネミッサさんを止めに入らないことから、こうなった彼女を止める術はないということだ。
俺は申し訳ないとエレナに向かって手を合わせると、せめてもの慰めの言葉をかける。
「後で美味しいご飯を用意してあげるから、今は頑張ってネミッサさんの話を聞いてあげて」
「そ、そんなハルト……あんまりじゃ」
「ねえねえ、エレンディーナ様。噂だとまだ独り身なんでしょ。私、いい人をたっくさん知ってるの。せっかくだからお茶菓子片手にもっと話をしましょ……」
まだまだ元気いっぱいといった様子のネミッサさんは、エレナの腕を取って生キャラメルとティラミスが置かれたテーブルに座ると、片手で器用にお茶を淹れながらペチャクチャとマシンガンのようにトークに花を咲かせていった。
ネミッサさんの話はその後も滔々と続いていたが、その間に俺はバカラさんに許可を貰い、ネミッサさんが乗って来た荷馬車を見せてもらうことにした。
というのも、行商人として各地を巡っているネミッサさんは、何か面白いものがあると買わずにはいられない質というので、次の旅の目的になるような珍しいものはないかと思ったのだ。
「あっ、ハルトさん。これなんかどうです?」
すると、商品を検品していたバカラさんが瓶に入った黒く乾燥した一品を見せてくれる。
「ワイバーンの翼を乾燥させたものです。薬として重宝されるものなのですが……」
「どれどれ……」
てっきりコウモリか何かと思ったがワイバーンと来たか……流石はファンタジー、と思いながら、俺は瓶を受け取って蓋を開けてみる。
だが、
「うっ……臭っ!」
ふたを開けた途端、玉ねぎが腐ったような強烈な臭いが鼻を突き、俺は顔をしかめながら瓶を離す。
「こ、これは強烈ですね……これってどうやって食べるのですか?」
「えっ、これは細かく砕いて、塗り薬にするんですよ」
「…………それって、食べ物じゃないってことですよね?」
その質問に、バカラさんは苦笑いをしながら頷く。
「ダメですかね?」
「流石にこれはちょっと……」
いくら何でも食材と呼んでいいものか怪しいものを調理する気にはなれない。
ただ、ワイバーンがどんなものかは見てみたいと思った。
もしかしたら、ワニやヘビみたいに、調理の仕方によってはおいしく食べられるかもしれないからだ。
その後も、俺はバカラさんと一緒に色々な品を見ながらああでもない、こうでもないと言いながらネミッサさんが仕入れてきた商品を漁っていく。
そろそろ全て見終えるかな? という段階に差し掛かったところで、バカラさんが袋に入ったある物を見つける。
「これは……何でしょう?」
パンにしてはやたらと黄色い塊を見て首を捻ったバカラさんは、ようやく落ち着いた様子のネミッサさんに大声で問いかける。
「お~い、これは何だ?」
「ああ、それ? それは奇跡の水で作った生地だって」
「奇跡の水?」
「うん、そう。その生地、卵を一切使っていないんだって。違うのは水だけってことだから、後でそれを使って何か作ってみようと思って」
「ふ~ん、まあ、そう珍しいものでもないでしょう……ってハルトさん?」
初めて見る商品に、バカラさんはたいして興味を持たなかったようだが、俺は違った。
「それです!」
俺は勢いよく立ち上がると、ネミッサさんに駆け寄って尋ねる。
「あ、あのネミッサさん、あの奇跡の水って何処に行けば手に入るのですか?」
「お、おい、どうしたハルト……」
ネミッサさんの猛攻にやや疲れの見えるエレナが、俺の服の袖を引っ張りながら聞いてくる。
「もしかして次に作る料理を決めたのか?」
「うん、次はその奇跡の水を使って、エレナにとっておきの料理を振る舞ってみせるよ」
「ま、まことか?」
目をキラキラと輝かせるエレナに、俺は自信を持って大きく頷いてみせた。
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