第13話 命をいただくということ

 だが、一体何が終わったのかわからない俺は、堪らずエレナに問いかける。


「終わったって……何が終わったの?」

「勿論、モルボーアの捕獲じゃ。ほれ、見てみぃ」


 そう言ってエレナが指差す先を見やると、そこには全長一メートルほどの巨大な獣が浮いているのが見えた。



 全身を茶色い毛で覆われ、豚のような特徴的なハートの形を逆さにしたよう鼻を持った獣は、見た目は完全にイノシシといった様子だったが、体型はまるでダックスフンドのように細長く、見るからに筋肉質で引き締まった胴をしていた。


 なるほど、あの硬い肉の正体は、あの引き締まった体が原因のようだ。


 体の所々に土が付いているのは、モルボーアが土の中にでもいたからだろうか?


「し、信じられない……」


 モルボーアの生態についてあれこれと考察していると、テッドさんがわなわなと震えながら興奮したように俺に説明してくれる。


「モルボーアは土の中を高速で移動する動物なんです。だから探すだけでも一苦労なのに、こんなにあっさりと捕らえるなんて……流石は銀の賢者、エレンディーナ様です」

「エレナちゃんじゃ!」


 どうやらエレナは、意地でもテッドさんに対しては銀の賢者と認める気はないようだ。



 だが、流石に無駄な問答を繰り返すつもりはないようで、ふよふよと宙に浮かぶモルボーアを手元に引き寄せたエレナは、獣の逞しい胴をポンポン、と軽く叩いてニヤリと笑う。


「まあ、今回は特別じゃ。一々、森の中に入って獲物を捕まえていたら時間の無駄じゃからの。獲物は用意してやったから、早く処理するがいい」


 エレナによると、地中にいるモルボーアを魔法で捕捉し、潜んでいる空間ごと魔法で切り取って地中から引き摺り出した後、魔法で仮死状態にしているという。


 まさかあの一瞬でそれだけの離れ業をしていたというのも驚きなのだが、何て言うか……もっと魔法を使っている感が欲しいと思うのは俺だけだろうか?


 しかもエレナの説明は全て「魔法で行った」であり、それがどんな魔法なのか、属性は? 詠唱は? 一体どんなエフェクトが発生するのか? その全てがわからなかった。



 それに、こんなにあっさりモルボーアを捕まえられるのなら、


「エレナの魔法でモルボーアの解体もできないの?」

「ハルトは魔法を何だと思っておるのじゃ。そんな便利な魔法あるわけないじゃろ」

「あっ、そ、そうですか……」


 地中に隠れている獲物を引きずり出して仮死状態にし、手元まで引き寄せるという、とんでもないものを見せ付けられたのに、ちょっと別の提案をしたら怒られてしまった。


「まあ、ハルトは魔法のない世界にいたのだから、知らぬのも無理はないが……」


 落ち込む俺を見て流石に悪いと思ったのか、エレナはわざとらしく「コホン」と咳払いを一つしてから説明してくれる。


「簡単に説明すると、魔法は大きな力を操れるが、細かい作業は苦手なのじゃ」

「そうなの?」

「そうなのじゃ。モルボーアをバラバラにするのは簡単じゃが、内臓も何もかも一緒くたに切り裂くしかできないのじゃ」

「それは……マズいね」

「うむ、実にマズいのじゃ。ほれ、ハルトも。獣を捌いた経験があるなら、テッドの手伝いをしてやるのじゃ」

「あ、うん……わかった」


 エレナから魔法について簡単に聞いた俺は、既に肉の解体作業の準備を始めているテッドさんを手伝うことにする。




 テッドさんに手伝いをする旨を伝えようとすると、彼は何やらモルボーアに向かって祈りを捧げていた。


「これはですね、感謝を伝えているんです」


 俺が隣に並ぶのを見たテッドさんは、どうして祈っているのかを教えてくれる。


「僕たちが狩らなければ、このモルボーアはまだ生きていられた。それを僕たちが生きるために命を奪ったんです。だから僕たち狩人は、こうして捕らえた獲物に対して、解体する前に感謝の祈りを捧げるんです。命をくれてありがとう、とね」

「それは……とても大切なことですね」


 俺は深く頷きながら、今の言葉はとても大切な言葉だと自覚する。


 俺たちが生きている世界では、スーパーに行けばいつでも新鮮な肉を売っているし、レストランやコンビニの弁当一つとっても、何一つ気兼ねすることなく美味しい肉が毎日、二十四時間自由に食べられる。


 当たり前過ぎて忘れがちだが、その肉には当然ながら生きていた時期があり、俺たちの勝手な理由で繫殖させては殺し、食べているのだ。


 それは肉に限った話ではなく、魚でも米や野菜でも、同じように命を糧としていただいていることを忘れてはいけない。


 食べることは命をいただくこと。


 だから子の躾として、食べ物を残してはいけないと教え、食べる前に「いただきます」食べ終わったら「ごちそうさま」の挨拶をしなさいと教えるのだ。



 俺は親から何度も言われたその言葉を思い返しながら、テッドさんに並んで手を合わせる。


「命をくれてありがとう。あなたの命……必ず美味しくいただきます」


 そう小さく呟くと、何か可笑しかったのかテッドさんは「プッ」と小さく吹き出しながらも、


「ハルトさん……ありがとうございます」


 自分たちの流儀を尊重してくれたことに対して、感謝の意を伝えてくれた。

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