第14話 おいしい肉を手に入れるために
こうして始まったモルボーアの解体作業は、殆ど野生のイノシシを解体するのと差はなかった。
まずは首の付け根の頸動脈を切って血抜きを行うのだが、ここでもエレナが魔法を使って綺麗に血を抜き取ってくれ、さらには昨夜、俺が体験した体を洗う魔法で汚れを落としてくれる。
これでダニや寄生虫の心配は殆どなくなるのだから、洗う手間がなくなったのは非常にありがたい。
次に行うのは内臓の摘出だが、ここでは普段からモルボーアの解体作業をしているテッドさんの経験に大いに助けられた。
肛門から首まで迷いなく一気に切り裂いたテッドさんは、二本の紐を取り出して片方を俺に渡してくる。
「これで食道と肛門の端を縛って下さい。これで内臓の内容物で肉が汚れるのを防いでくれます」
「わかりました」
しっかり血抜きしたとはいえ、むせ返るような濃厚な血の匂いに気分が悪くなりそうだったが、気をしっかりともって食道の端を紐でしっかりと縛る。
その間に肛門の方の処理をしていたテッドさんは、俺が見せた箇所を見てしかと頷く。
「はい、それで大丈夫です。後は内臓を傷付けないように引っ張り出しましょう。特に膀胱は破れると肉の殆どがダメになるので気を付けて下さい」
「わかりました」
俺たちは「せ~の!」とかけ声を合わせて、モルボーアの体内から細心の注意を払って内臓を取り出す。
内臓の中でも肝臓、心臓、腸などは食べられるのだが、この世界では内臓を食べる習慣はないようで、全て自然に還すということだった。
内臓を取り出した後は、再びエレナの魔法でイノシシを洗い、もう一度血を抜くために冷やしてもらう。
次はモルボーアの毛皮を剥ぐために、木の枝に括り付けた紐でモルボーアを吊るす。
この作業はナイフを使って行うのだが、これが中々に難しい。
皮の表面が肉に付着しないように気を付けながら、皮を引っ張ってナイフを走らせるのだが、思ったより力が必要で、たった一度や二度、解体の手伝いをした程度の俺の腕前では、時間をかけて丁寧に、少しずつ剥いでいくのがやっとだった。
これが鹿のように皮下脂肪が多い動物であれば、多少は楽だったりするらしいのだが、モルボーアのように筋肉質で、脂肪の少ない動物の皮を剥ぐのは一苦労だった。
しかもモルボーアの胴は普通のイノシシと比べてかなり長いので、皮を剥ぐ作業の大変さもひとしおだ。
それでも時間を駆けて首元まで皮を剥いだら、喉元に刃を入れそこから頭を切り落とす。
頭を落としたら、ノコギリのような巨大な刃物で後ろ足と前足を胴から切り分け、背骨や肋骨を一本ずつナイフで取り出しながら細かくブロックごとに切り分けていく。
ここまで来ると見慣れた肉と何ら変わらなくなってくる。
最後に切り分けた肉を防腐作用があるという草に包み、細工に使うという取り出した骨を残らず回収して、モルボーアの解体作業は完了となった。
「ふぅ……」
草に包んだ肉をしっかりと紐で結んだ俺は、腰に吊るしておいたタオルで血まみれの手を拭きながら大きく息を吐く。
一部エレナの魔法による手伝いはあったものの、異世界の生き物の解体作業という貴重な体験ができたことは、非常に大きな収穫だった。
借りたナイフを洗ってしっかりと水気を拭き取った俺は、モルボーアの内臓を掘った穴に埋めているテッドさんに話しかける。
「これで一先ず解体作業は完了ですね」
「はい、お疲れ様です。まさかこんなに早く新鮮な肉が手に入るとは思いませんでした」
「これも全部、エレナのお蔭ですね」
そう言いながら解体作業を見守っていたエレナを見やると、豊かな胸を下から持ち上げるような腕組みの姿勢の彼女は「フフン」と得意気に笑う。
だが、実際のところ森の中に入ってモルボーアを探し、テッドさんが弓で仕留めた後、ここまで持ち帰って解体作業をするとなると、それだけで一日が終わってしまっただろう。
明後日が結婚式であることを考えると、中一日準備期間ができたのはかなり大きい。
一日あればテッドさんにモルボーアの肉料理を伝授することができ、俺たちがここを去った後も彼が奥さんに料理を振る舞うことができるはずだ。
同じことを考えたのか、道具を全て片付け、モルボーアの綺麗な赤身を手にしたテッドさんが俺に向かって深々と頭を下げてくる。
「ハルトさん……この肉を使っての料理、お願いできますか?」
「ええ、お任せください」
肉を受け取った俺は、テッドさんに向かって自信を見せつけるように胸を強く叩きながら笑ってみせた。
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