第32話 超巨大な解体作業、とっておきの道具を使って

「よ~し、それじゃあ解体していくぞ!」


 水揚げされたカイナッツナの背中に乗った男が大声を張り上げると、各所から「応!」という頼もしい声が聞こえ、カイナッツナの解体作業が始まる。



 埠頭の一つを埋め尽くすほどの大きさの丸々と太ったカイナッツナは、シロナガスクジラとは違ってそのフォルムはマグロに近いと思った。

 それはつまり、カイナッツナは鯨のような哺乳類ではなく、純粋に超巨大な魚類ということだ。


 こんな巨大な魚が存在していることにも驚きだが、果たしてどうやってこの魚を捌いていくのか、その手腕も見物だと思った。



 そうして始まった解体作業は、尻尾を落とすところから始まった。


「せ~の!」


 五人がかりで馬すら両断できそうな巨大な薙刀のような刃物を使って一気に尻尾を切り落とす。


 尻尾だけで数メートルもあるので、落ちたら危険なのでは? そう思ったが、尻尾の落下地点には巨大な網を持った四人の男たちがおり、尻尾を受け止めた四人は、そのまま尻尾を邪魔にならないように速やかに運んでいく。


 尻尾を切り落とした反対側には、同じ刃物を持った男が五人がかりで『えら』の隙間から刃を走らせて頭を落としているのが見えた。


 といっても肉厚と言うよりは壁と形容した方が適切な肉と、太さだけで数メートルはありそうな骨があるので、頭を切り落とすのは容易じゃないと思っていた。



 そう思っていたのだが、


「あ、あれ?」


 意外にもカイナッツナの肉は柔らかいのか、それとも手にした刃の切れ味が凄まじいのか、息を合わせて刃を走らせる男たちの動きには一切の乱れが見られず、速やかに刃を走らせていく。


「骨すらもあんな簡単に切ってみせるなんて……凄いな」

「あれは、ミスラル銀で作られた刃じゃな」


 刃の切れ味に驚いていると、隣に立つエレナが話しかけてくる。


「ハルトはミスラル銀の存在は知っておるか?」

「ミスラルって……」

「知っておるのか?」

「いや、全然……」


 俺があっさりと首を横に振ると、エレナは珍しくがっくりとズッコケるようなリアクションをみせる。



 ゲームや小説では似たような名前の金属が登場することが多々あるが、かといって金属の特性となると、とんとわからない。


 他にもオリハルコンやら、アダマンタイトやらヒヒイロカネなど、名前だけは知っている金属は各種色々あるが、知っているのはあくまで名前だけだ。



 まあ、そんなわけでここはせっかくだから銀の賢者、エレナ先生にミスラル銀について教えてもらおう。


「それじゃあ、エレナ、ミスラル銀について教えてもらえる?」

「う、うむ、わかった」


 エレナは気を取り直して「んんっ!」と咳払いを一つすると、ミスラル銀について教えてくれる。


「ミスラル銀とは、一言で言えば魔法の力を帯びた銀の総称じゃ」

「魔法?」

「うむ、古来より銀は魔法と親和性が非常に高い金属での。魔法の力を付与することできる銀は、あらゆる場面で重宝されてきたのじゃ。そしてあの刃は、切れ味を特化させる付与がされておるのじゃ」

「なるほど……簡潔な説明、ありがとうございます」

「うむ、苦しゅうないぞ」


 ちなみにエレナによると、かつてミスラル銀は、冒険者たちが使う武器にのみ使用されてきたのだが、近年は治安が安定してきたこともあり、裕福な一般人や、一部の専門職の道具としても使用されるようになってきたという。



 ミスラル銀には他にもどんな効果があるのかと、思いを馳せながら解体作業を見学していると、エレナが前を向いたまま静かに問いかけてくる。


「もしよければ、そのうちハルトにもミスラル銀の包丁をくれてやるがどうじゃ?」

「ハハッ、気持ちは嬉しいけど遠慮しておくよ」


 エレナからのありがたい提案だったが、俺はすぐさまその申し出を断る。


 そんな凄まじい切れ味を持つ包丁があれば料理をする楽しみも増えそうだが、今の道具でも十分に楽しく仕事できているので、分不相応な道具は持つ必要はないと思っている。


「そうか……まあ、ハルトが要らぬと言うのなら無理強いはせぬよ」


 エレナはあっさりと引き下がると、再びカイナッツナの解体作業へと目を向ける。

 俺もそれに合わせて解体作業の方に目を向けると、調度頭が落ちる寸前だった。


 尻尾と比べてさらに大きな頭を落とす時はどうするのかと思っていると、何やら車輪のついた巨大な台車がガラガラとやって来る。


「よ~し、落とすぞ!」


 それを見た巨大な刃を持つ男たちが、掛け声を上げながらカイナッツナの首を落とすと、ゴロリと転がって見事に台車の上に収まる。


 そうして頭が落ちた台車は、尻尾と同じように次の作業に邪魔にならないようにと、ガラガラと音を立てながら何処かへ運ばれていった。



「……見事なものだな」


 鮮度を保つため、統率された行動で次々とカイナッツナを解体していく漁師たちの手際の良さに見惚れていると、続いて大木を切り倒すような巨大なノコギリが姿を見せる。


 おそらくあの刃もミスラル銀が使われていると思われるが、これから一体何が始まるのかと思っていると、


「ハルトさん……」


 ヒンメルさんが現れ、俺に話しかけてくる。


「とりあえず我々の分の肉をいただいてきました。これで調理をしようと思うのですがいいですか?」


 そう話すヒンメルさんの手には、一抱えもある巨大な魚肉の塊、おそらくカイナッツナの尻尾付近の肉があった。


「ハルトさんは料理人ということで解体作業に興味があるかもしれませんが、子供たちもお腹を空かせていますし、エレナちゃんも我慢の限界のようですから……」

「えっ? あっ……」


 そこで俺は、エレナのある変化に気付く。


 ついさっきまで俺と並んで一緒に解体作業を見学していたはずのエレナは、ヒンメルさんが持つカイナッツナの肉の塊を目にした途端、興味が完全にそっちに移ったかのようにキラキラとした目で肉の塊を凝視していた。



 今にも口の端から涎が垂れそうなエレナを見て、俺は苦笑しながらヒンメルさんに話しかける。


「わかりました。ヒンメルさんが何を作るのかも気になりますから、調理をお願いできますか?」

「勿論です。それでは、こちらにどうぞ」


 近くに調理する場が用意されているのか、ヒンメルさんは埠頭の方へと歩いていく。


「よし、メシの時間じゃ!」


 エレナは喜びを爆発させるように飛び跳ねながら俺の手を取ると、ぐいぐいと引っ張る。


「ほれ、ハルトも腹が空いたであろう? 早う参ろうぞ」

「わかったわかった。そんなに急がなくても、ご飯は逃げないって」

「何を言っておる」


 エレナは俺を引く力を緩めることなく、至極真面目な顔をして持論を展開する。


「メシは逃げぬが急がねば身の鮮度は落ちていくじゃろう。故にここは急ぐが吉じゃ」

「…………確かに」

「そう言うことじゃ、ほれほれ、急いで最高の漁師めしを食べようぞ」

「了解」


 俺はしかと頷いてみせると、エレナと一緒に駆け足でヒンメルさんの後を追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る