銀の賢者と行く、異世界のんびり食べ歩きの旅
柏木サトシ
プロローグ
第1話 ある晴れた昼下がりの出来事
赤々と燃える炎の上に置かれた鉄製の網の上に、ジュージューと食欲をそそる音を立てる骨付きの肉があった。
熱によって溶けだした油が網の隙間からポタリ、ポタリと落ちる度に炎が強くなり、辺りに香ばしい匂いが立ち込める。
「まだか……まだなのか?」
「まだだよ。これから仕上げをするからちょっと待ってて」
もう辛抱堪らないと今にも涎を垂らしそうな様子の銀髪の少女に「待て」の指示を出しながら、俺はハチミツと醤油をベースにして作った特製のソースを、ハケで骨付き肉の表面に化粧するように丁寧に塗っていく。
肉の表面がソースによってコーティングされると、表面がキラキラと輝き出し、端から零れ落ちたソースが火の中に落ちると、醤油が焦げる香ばしい匂いがもくもくと立ち込める煙に巻けない勢いで辺りを支配する。
その食欲をそそる匂いに自然と鼻孔が広がるのを自覚しながら、俺は肉の表面をジッと見て焼き上がりのベストタイミングを待つ。
「…………」
そうして待つこと数十秒、肉の表面に塗られたソースがポコポコと僅かに泡立つのを見た俺は、骨付き肉をトングで皿に取って少女に渡してやる。
「ほら、羽根つきブタの和風スペアリブの完成だ。熱いから気を付けてな」
「うむ、感謝するぞ」
鷹揚な態度で頷きながら皿を受け取った少女は、全身をすっぽりと覆うダボダボの濃い藍色のローブの前を広げて膝の上に皿を乗せると、スペアリブを両手で掴んでそのまま豪快にかぶりつく。
表面のソースが固まってパリパリとい小気味のいい音を立てながらスペアリブを口いっぱいに頬張った少女は、目をキラキラさせながら何度も頷く。
「ふむ、実によい塩梅じゃ。しっかりと下味が付けられた豚肉に、ハチミツの甘さと醤油のしょっぱさが絶妙に混じり合ったソースも最高じゃ。ほれ、お主も早く食べるがいい」
「うん、ありがとう」
口の周りをソースでベタベタにしながらスペアリブを勧めてくる少女に苦笑しながら、俺もスペアリブへと口を付ける。
瞬間、丁寧に焼き上げることでしっかりと閉じ込めた肉汁が口内にいっぱいに広がる。
たっぷりと塗られたソースと相まって暴力的な美味さに頬が自然と緩むのを自覚しながら、俺は木のジョッキになみなみと注がれたビールを一気に煽る。
普段飲み慣れているビールとは若干の違いはあるものの、のどこしは文句のつけどころのない一品であり……つまるところ、
「…………さいっこう!」
最強クラスのコンボの旨味に、Tシャツにデニムのパンツというラフな格好をした俺は、座っているキャンプ用の椅子に背中を預けるように倒れて天を仰ぐ。
目に見えるのは雲一つない蒼穹と、昼間でもハッキリと見える大きな月。
涼やかな風が通り抜ける河原のほとりで周囲には、俺と少女以外の姿はない。
これだけ開けた場所で、貸し切り状態でキャンプをしていればソーシャルディスタンスを守らなくても、マスクをしていなくても怒られない……と思うだろうが、それとは関係なしにウイルス対策への気遣いは無用だった。
それはここが日本でも地球でもなく、ガレリア大陸……つまりは異世界だからだ。
俺をこの世界に誘ったのは、恍惚の表情を浮かべてスペアリブを頬張っている少女、銀の賢者と呼ばれるエレンディーナ・マギカ・アルジェントだ。
エレナにこの世界に召喚された理由は一つ、
それは世界各地を巡り、その地のまだ見ぬ食材、料理を食べることだ。
まだ始まって間もない異世界行脚だが、果たしてこれから先どんな食材、どんな料理が待っているのだろうか?
それに、何も気にしなくて自由に行動できるというのは、本当にいいものだ。
そんなことを考えながら、ジョッキに僅かに残ったビールを飲み干していると、
「おい、ハルトよ。はよう……はよう次の料理を用意してくれ」
「はいはい」
小さな賢者様の催促が聞こえ、俺は苦笑しながら身を起こすと、次の料理を準備するため動きはじめる。
この物語は俺、
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