第56話 思いがけない人から

 京西大学で行う技術研究は順調に進んでいた。座長である貴子への想いが募ったが、その気持ちを封じガムシャラに頑張ったせいか、皆からの信頼を得る事ができた。

 俺は、充実した日々を過ごしていた。

 

 そんなある日の夜、親友の佐々木 剛から電話が来た。いつもと違い、その声は小さかった。



「どうした? いつもの元気がないぞ!」



「ああ。 お前に伝えるか迷ったんだが、沙耶香のことなんだ。 嫌なら話さないけど …」



「そこまで言われて聞かない訳に行かないだろ。 彼女が、どうかしたのか?」


 本音は、別れた沙耶香と関わりたくなかったが、よほどの事なのだろうと思い聞くことにした。



「昨夜、俺のところに沙耶香から電話があったんだ。 三瓶にどうしても相談したいことがあるそうだ。 電話が繋がらないと言って泣いていた。 あの気が強い沙耶香が泣くって想像できなくてさ。 何か放っておけない気がしたんだ」



「沙耶香が相談したい事って何だろう?」



「田所のせいでヤバい男に目をつけられたそうだ。 怖くて堪らないと言ってた。 三瓶に相談してアドバイスを受けたいそうだ」



「そんな …。 警察に相談すれば済むと思うが。 何で、今更、俺なんだよ」


 俺は、とても理不尽に感じた。しかし、それと同時に、沙耶香と付き合っていた頃の顔を思い出し哀れに思ってしまった。



「彼女とヨリを戻すなんて事は絶対にないが、放っておくのも忍びない気がする。 剛は、どうすべきと思う?」


 俺は、どうしたら良いか分からなくなった。



「凄く弱ってる感じがした。 変な気を起こしたら気持ち悪いだろ。 最初、俺が力になろうと思ったんだけど、彼女は三瓶に相談したいようだし …。 話だけでも聞いてやってほしいと思う」



「剛は、お人好しだよな。 う〜ん、お前に免じてそうするか。 分かった。 着信拒否を解除して、沙耶香に電話して見るよ」



「三瓶も、お人好しだと思うけど頼む。 結果を教えてくれ」


 俺は、電話を切ってから暫く考え込んだ。

 そして、意を決し沙耶香に電話した。俺の声を聞くと、感極まったのか暫く喋れない状態が続いたが、少しずつ話し出した。


 田所が、昔の悪友の武井と言うガラの悪い男に、貢物のごとく自分を差し出されたことや、田所は改心したが、信用できずにいることを聞いた。



「警察に相談したのか?」



「警察にも相談したけど、今のところ実害がないから、しばらく様子を見るように言われた。 でも、怖くて外を歩けないの。 会社に何とか行ってるけど、仕事が手につかず早退が多くなって …。 このままだと、会社に居られなくなってしまう。 実は、 田所は会社を辞めたの。 多分、今回の事が原因だと思う …」


 沙耶香は憔悴しきった様子で、その後、話せなくなってしまった。



「なあ。 トヨトミ自動車のエンジニアになることが君の夢だったんだろ。 負けるな! 俺は、今、京都にいるから、そっちに行くことができない。 できるのは、話を聞くくらいだ」



「えっ、今、京都にいるの? 何も知らなくて …。 ごめんなさい。 ウウッ」


 沙耶香は、また泣き出した。



「おい、大丈夫か?」


 沙耶香は、激しく泣いて返事ができない。一方的に電話を切る訳にもいかず困ってしまった。

 そんな時に、剛の顔が浮かんだ。



「剛に頼んでおくから」



「えっ」


 

「近くにいる彼に頼ると良い」



「何で?」



「俺が沙耶香に電話したのも、剛に言われたからなんだ。 それがなかったら、君に電話してない」



「でも、私は三瓶に相談したいの」



「そんな事を言ってる場合じゃないだろ。 会社に行けなくなっても良いのか?」



「困る …。 分かったわ。 でも、三瓶にも電話して良い?」



「ああ、構わない。 大学時代の友人として力になるよ」



「うん、ありがとう」


 沙耶香は、泣きながら返事をした。


 剛には悪いと思ったが、沙耶香は大学時代の友人なので、引き受けてくれると思った。

 その後、剛に電話し、沙耶香の力になってもらうことの了承を得た。

 


◇◇◇



 翌日、剛は沙耶香に電話した。


 彼女の憔悴しきった様子が心配になり、夕方、直接会って話す事になった。


 しばらくぶりに会う沙耶香は、痩せて頬がこけ、相当に悩んでいる様子が伺えた。



「三瓶から、田所が会社を辞めたと聞いたけど、奴に連絡をしてないよな?」



「うん。 警察に一緒に行ってから、その後、会ってないし、連絡もしてない。 田所は、殴られたから被害届を出したけど、武井は、証拠がないので無関係とされた。 田所の話だと、武井は絡んで来た連中のリーダーなのに。 まさか助けてくれたのが演技だったなんて …」


 よほどショックだったのか、沙耶香の肩は震えていた。



「武井と言う男から、連絡は来るのか?」



「かなり着信があったけど、出なかった。 その後、着信拒否の設定をしたから来てない。 でも、知らない番号から電話が来るようになったわ。 だから、登録した番号以外には出ないようにしている」



「待ち伏せとか、されてないのか?」



「直ぐに実家に引っ越したから、会ってないけど。 でも、会社を知ってるハズだから、行くのが怖いの。 このままだと、会社を辞めざるを得なくなる」



「田所は、会社を何で辞めたんだ?」



「分からない。 警察に行った翌日から、会社に来なくなった。 多分、武井の事と関係があると思う」



「田所とは連絡できないのか?」



「私を、差し出そうとした男よ。 信用できないし、もう関わりたくない。 着信拒否した後、連絡も来なくなったわ」



「奴に話を聞いて見たいが …」



「それはダメ。 危険だわ。 彼は、元々、あの連中の仲間だったのよ」


 沙耶香は、手のひらを見せて強く否定した。

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