第29話 遭遇
そこには、住菱嵐山テクノロジー 代表取締役 社長 京極 健実 と書かれていた。
「すみません。 自分は大学院の1年なんですが、これまで名刺を作った事が無くて …。 これでお願いします」
そう言って、さっき手書きで作った名刺を差し出した。
「これはこれで、味があって面白い。 ありがとう。 早速だが、私から話して良いかな?」
「はい、何でも聞いてください」
俺は、ある意味、まな板の鯉のような状態になっていた。
「君の論文を読んだ。 面接の時に3次元アルゴリズムによるAIプログラムの話をしたんだって? あれは素晴らしいアイディアだと思った。 だから、興味を示さなかった面接の担当者を叱ったよ …」
京極は、申し訳なさそうな顔で俺を見た。
そして続けた。
「今の日本を考えると、技術情報が海外に流出した影響で、他の国に市場を奪われた状況が続いている。 昨今の企業は、より先進的な発想を求めており、これまで以上にセキュリティを強化した中で、他社の追随を許さない技術を獲得しなければ、大企業でも生き残れない。 住菱のグループ企業になってから、弊社では、これまで以上に新たな技術の獲得を目指しているんだ。 君の発想が、今回のプロジェクトにより昇華する事を期待してる」
そう言うと、京極は笑った。男性なのに、美しい笑顔に引き込まれそうになってしまう。
やはり、表情が静香の母に似ていた。
「君から、何か話はあるかい?」
「京極社長に、過分なお言葉をいただき恐縮しています。 頑張りますので、今後ともよろしくお願いします」
「承知した。 では、また!」
「あのっ!」
京極が、違う席に移ろうとした時、俺は思わず呼び止めてしまった。
「まだ、何かあるかな?」
京極は、優しい目で俺を見た。
「奥村教授から、京極社長より論文の話を聞いたと言われました。 そもそも、なぜ、自分の事を知ったのでしょう? 御社ほどの大企業になると、会社を受験した学生の事など、トップの社長が把握してると思えません」
「ああ、その件か。 姉が弊社を訪ねた時に、姪の静香と君の話を聞いたんだ。 静香は、凄く可愛いくて良い娘なんだが、なぜか恋愛を避けてるところがあって、これまで心配してたんだ。 だから、君が静香と付き合ってると聞いて驚いたよ。 それと、君が弊社を受験してダメだった話も聞いた。 それで興味が湧いて、面接の調書を確認したんだ」
「そうだったんですか」
俺は、納得した。
「静香は、凄く良い娘だ。 俺の倅が、従姉なのに密かに憧れていたほどだ。 君は幸せ者だな」
「言いにくい話なんですが、もう別れました。 正確に言うと、付き合っていた訳でありません」
「えっ、そうなのか? そうか …」
京極は、気まずそうな顔をして一瞬言葉に詰まったが、直ぐに元に戻り続けた。
「姉から続きを聞いてなかったから、君に嫌な思いをさせてしまったようだ。 本当に済まなかった」
「いえ、そんなことはありません。 この件があったからこそ、自分はプロジェクトに参加できました。 本当に感謝してます」
俺は、深々と頭を下げた。
「また連絡するよ。 それから、君も何かあったら遠慮なく相談してほしい」
京極は、爽やかに笑った後、次の席に移動した。
俺は、緊張で酔いが覚めてしまった。
「おい! 飲んでるか? うちの社長と何を話してたんだ? 社員の俺でさえ話す機会がないのに、大出世じゃねえか!」
いつの間にか宗田が来て、大声で笑っていた。
「宗田先輩!」
俺は、なぜか安心した。
「話は変わるが …。 鈴木座長は、べっぴんだったろ! 惚れちまったか?」
宗田は、いきなり話題を変えてきた。
「はい。 想像以上の美人ですね」
俺は、京極社長への対応で全神経を集中していたため、鈴木座長の事をすっかり忘れていた。
気になって彼女の席を見ると、既にいなくなってた。周囲を見たが、見つからない。
「ところで、彼女は今どこに?」
俺は、心配になり聞いた。
「乾杯の後、ビールを数回ついだが、いつの間にかいなくなってた。 俺も気になってるんだ」
宗田は、心配そうな顔をした。
「本当に、どこにいるんだろ? いろいろと話したいのに!」
「なに! 座長を狙ってるのか? でも、百地は背が高くてイケメンだから、彼女がいるだろ! 座長に手を出すんじゃねえぞ!」
宗田は、俺に対しファイティングポーズを取った。
「俺は、彼女がいません。 そう言う宗田先輩だって、どうなんですか?」
「うっ。 実は、女房と娘が1人いるんだが …。 ナイショだ!」
宗田は、人差し指を唇にあてた。
「それは、良いことを聞いた。 ライバルが減って良かった!」
俺は、ふざけてワザと大声で話した。
「さっきの話し、ジョークな!」
宗田は笑った。酔っているせいか、とにかく明るい。
「すみません。 ちょっとトイレ」
「出してこい! 漏らすな!」
俺は、宗田に見送られ、トイレに向かった。
最初、宴会場のトイレに入ろうとしたが、お偉方がいて気が引けたため、隣接するホールのトイレに向かった。
隣に100人程度収容できるホールが併設されており、芸能人のディナーショーがある時に、受付の場所に活用されている。
宴会場は、最大500人収容できるが、今回は200人程度のため、かなり余裕がある。 だからホールには、ほとんど人がいなかった。
俺は、ホールのトイレで用を足し、街の夜景が見える窓際に立って外を眺めていた。
30階からの眺望は、凄く綺麗だった。
と、その時である。
「あのう、元ちゃんなの?」
背後から女性の声がした。
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