第30話 ふれあい

 俺は、思わず振り向いた。


 そこには、鈴木座長がいて俺を見つめていた。近くで見ると、よりいっそう美しく可愛い。

 俺は、彼女を意識するあまり緊張してしまった。



「あっ、ごめんなさい。 私の知ってた人に、背格好や雰囲気が似てたもんだから、思わず声をかけちゃったわ」


 鈴木座長は、微笑んだ。


 笑顔なのだが、よく見ると頬に涙がつたっていた。でも、俺が気がついた事を察したのか、直ぐに袖で涙を拭った。



「あっ、あのう。 俺は、百地 三瓶です」


 俺は、緊張から声が裏返ってしまった。



「フフッ。 私は、鈴木 貴子よ。 あなたが百地さんなのね!」


 貴子は、俺をマジマジと見た。



「鈴木座長、よろしくお願いします」



「こちらこそ、よろしくね」


 貴子は、悪戯っぽく笑った。



「あの、鈴木座長と話したくて宴会場の中で探してたんですが、見つからなくて、それで …」


 俺は、精一杯の言葉を絞り出したが、貴子を意識するあまり、緊張から途中で声が出なくなってしまった。



「ここでサボってたわ。 夜景が綺麗だから見ていたのよ。 ねえ、私と話したいなら、ご要望にお応えするわ」



「ぜっ、ぜひ、お願いします」


 俺は嬉しくて心の中でガッツポーズした。



「でも、お偉方のいる宴会場は嫌だわ。 だから、ここで話さない?」



「こっ、このホールでですか?」

 

 俺は、不思議に思ったが、夜景の見えるホールで2人だけで話すなら、悪くないと思った。

 そして、男女の仲になれるかもしれないと少し期待した。



「少し深呼吸しようか?」


 貴子は、俺が緊張している事に気づいていた。そして、俺をリラックスさせようと、背中にそっと手をあてた。

 少し緊張が解けた。



「ねえ、あの柱の向こうを見て!」



「あっ」


 貴子の言う方向を見ると、高そうなショットバーが見えた。



「でも、手持ちがあまり無いんです」


 俺は、正直に話した。



「知ってるわ。 まだ、すねかじりなんでしょ」



「はい、学生です。 でも、成人してるから酒はオッケーです」



「私が奢ったげるから心配しないで。 さあ、行きましょう!」


 貴子は、笑顔で俺の肩を叩いた。

 すると、彼女への緊張が一気に解け楽になった。


 俺は、これまで人に対し、こんなに緊張する事はなかった。

 もしかして、貴子は今まで巡り合った事がない、特別な存在なのかも知れないと思った。




 ショットバーに着くと、貴子と並んでカウンターに座った。そして、同じフルーツカクテルを頼んだ。



 夜の店に美女が来たのだから当然の如く、周りの男達が貴子をチラチラと見た。

 俺は、彼女を守ろうと警戒のアンテナを張り巡らせた。



「何を、そんなに怖い顔をしてるの?」



「いえ …。 何があっても、俺が座長を守りますから!」



「そうなの、守ってくれるの? 頼もしいわね!」


 貴子は、何かを思い出したように、大きな目を細めた。

 そして、直ぐに続けた。



「でも、心配は要らないわ。 ホテルの中は安全だから。 それより、あなたの論文を読んだわ」



「本当ですか! で、どうでした?」


 貴子が、俺の論文を読んでくれた事が嬉しかった。思わず笑顔になってしまう。


 そんな俺を見て、貴子も笑顔になった。

 本当に可愛らしい女性だと思った。



「あなたが考えた3次元アルゴリズムによるAIプログラムだけど …。 あの発想はなかなか思い付かない。 凄いヒラメキだと思った。 でも、超えなければならない壁が沢山あるわ。 例えば、3次元で演算処理させた時の、電子的な負荷はかなりのものよ。 半導体を設計の段階から見直さなくちゃならない」



「あれは、ヒラメキでしかないけど、具現化するには、住菱嵐山テクノロジーのような企業の技術力が必要になると思います」



「そうね。 そのための基礎研究を、プロジェクトチームでやりたいわね」



「本当ですか?」



「期間は半年だけど、一定の成果を出さなくちゃならない。 凄く忙しくなるわよ!」


 貴子は、楽しそうに笑った。宗田が、鈴木准教授は仕事に恋をしてると言った意味が分かった。



「ところで、ひとつ聞いて良いですか?」



「なに? 少し怖いわ」


 貴子は、悪戯っぽく笑った。



「俺を見て、元ちゃんと言ったけど、誰なんですか?」



「そんな事を言った? 覚えてないわ」


 貴子は、はぐらかした。言いたくないようだ。



「やっぱり、聞くのやめます」


 俺を見間違えた事や、涙を流していた事を考えると、よほど大切な人だと思う。恐らく、何かの事情で会えないのだろう。

 触れてはならない内容だと思った。



「そうよ。 人には聞かれたくない秘密があるものよ」


 貴子は、ニカーッと笑った。




 と、その時である。

 男性の大きな声がした。



「やっぱり思った通りだ! こんな所に逃げていた」


 凄くなれなれしい感じだ。

 そして続けた。



「なあ貴子。 あまり困らせるなよ! 直ぐに会場に戻ってくれ!」


 声のする方を見ると、メガネをかけた若い男が立っていた。粗野な言葉使いとは裏腹に、インテリ風で頭が切れそうな印象だ。



「ゴメン。 この通り、彼氏と飲んでるから行けないわ」



「なに、彼氏だと!」


 貴子が言うと、男は、俺に対し敵意をむき出しに睨んできた。

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