第31話 プロジェクトチーム

 俺は、今まで人と争った事などなかったが、貴子に弱い男と思われたくなくて、相手を睨み返してしまった。



「なんだ、その目は! 俺に文句でもあるのか?」



「それは、こっちのセリフだ。 最初に睨んだのは、あんただろ!」


 いつの間にか、俺はムキになっていた。こんなに攻撃性があったなんて、自分でも驚きだ。

 そんな俺の姿を、貴子は優しい目で見ていた。



「えっ。 もしかすると、君はプロジェクトチームのメンバーなのか?」



「人に尋ねる時は、自分から名乗るもんだろ!」


 俺は、カッとなっていたせいか、普段思いつかないような事を強気で言えた。

 そんな俺の態度に、相手は少し恐れをなしたようだ。



「失礼しました。 自分は、経済産業省の 末永 匠と申します。 主催者側のコーディネーターとして参加しています。 貴子、いや、鈴木さんとは、九州で学校が一緒だったものだから、つい、いつもの口調で話しました。 今後は慎みます」



「プハッ」


 末永が答えると、貴子が吹き出した。すると彼は、恨めしそうな顔で彼女を見た。



「自分は、百地 三瓶です。 東慶大学の推薦を受けてチームに参加します」


 

「東慶大学? あなたが、学生で参加した百地さんでしたか。 よろしくお願いします」


 末永の態度が、すっかり改まった。



「ところで、何の用なの? 何もないなら、邪魔しないでくれる」


 貴子は、末永をからかうように言った。



「くそ、辛辣な! 我慢だ。 2人とも、直ぐに会場に戻ってください。 プロジェクトチーム15名のメンバーから、それぞれの抱負を語ってもらい、その後、お開きとなります」



「えっ、まだ午後7時30分よ。 もうお開きなの? 宴会場で何も食べてないわ」



「お偉方の帰りの飛行機の時間があるから仕方ないんだ。 でも、解散しても9時までは飲食ができるから、そこで続きをやれば良いさ。 とにかく早く来てくれ!」



「分かった。 百地、行くわよ」



「はい、分かりました」


 貴子は、俺を呼び捨てにした。いつの間にか上下関係が出来上がってしまった。



 宴会場に入ると、プロジェクトチームのメンバー13名が待機していた。


 メンバーに合流すると、宗田が、俺のところに詰め寄って来た。



「百地よ、随分と長いトイレだったな! しかも、鈴木座長と一緒とは、どうなってるんだ?」


 宗田は、かなり不機嫌そうだ。それに、酔いに拍車がかかっていた。



「宗田先輩、これには …」



「ごめんなさい、宗田さん。 私が百地を誘ったの、だから怒らないで!」


 俺の言葉に割って入り、貴子が弁解した。



「鈴木座長がそう言うなら許します。 百地、今後は気をつけろよ!」


 なぜか、俺が非難された。


 それに、いつの間にか俺が下っ端の扱いになってる。 最年少の参加とはいえ、一抹の不安を感じていた。


 貴子に救いを求め、チラっと見たが、彼女は無表情で無視していた。

 俺は、さらに不安になった。




 そうこうしていると、慌てた様子で末永がこちらに走って来た。



「私は、経済産業省のコーディネーターの末永と申します。 京西大学の関係者と協力し、研究環境の確保に努めますので、よろしくお願いします。 それでは早速ですが、皆様にお願いがあります。 これからステージに上がり、技術研究に向けた抱負を語ってください。 準備はよろしいですか?」


 皆が、うなずくと、末永の合図で照明が消された。


 そして、効果音とともに司会者が喋り出した。



「皆様、今日の歓迎セレモニーは最高潮を迎えようとしています。 これから、プロジェクトに参加する15名の研究技術者より抱負を述べていただきます。 日本の将来を担う方達です。 それではステージへお願いします。 皆様、盛大な拍手でお迎えください!」


 俺達15名は、ステージに上がりそれぞれが抱負を述べた。


 最後の鈴木座長の挨拶の中で、俺の論文の紹介があった。自分の事ながら誇らしくもあり恥ずかしくもあった。

 何より、俺の論文でありながら、内容以上に立派に紹介する鈴木座長の技量に驚いた。


 全体を通して思ったが、他の14名は、俺以上のスキルがあり、鈴木座長は、さらに上を行く別格であった。

 俺は、最下位の下っ端である事を、自覚した。




 歓迎セレモニーが終わると、皆が会場に残ると思ったが、結局、誰も残らなかった。

 ある意味冷たい連中だと思った。良く考えて見たら、名刺交換した宗田と京極社長以外は、連絡先さえ知らない。


 俺は、1人寂しく会場に残り、酒を飲み料理を食べた。


 そして、午後8時30分には12階の自分の部屋に戻った。



 部屋でシャワーを浴び、ジャージに着替え、窓際に立ち京都の夜景を眺めた。凄く懐かしい。


 ここは、生まれてから、中学3年までの15年間を過ごした街だ。

 あまり変わってない。


 貧しいながらも、母と2人で必死に生きて来た。それでも、自分にとっては良い思い出だった。

 いや、良い思い出のはずだった。


 中学の3年の時に、母が再婚してから俺の人生は変わってしまった。


 母を許せない、母が憎い。


 忘れていたのに、京都の街がその事を思い出させる。

 俺は、暗い気持ちになった。


 と、その時である。


 突然スマホが鳴った。着信を見ると、母からだった。


 一瞬緊張が走った。


 無視していたら、呼び出し音が25回鳴ったところで切れた。昨夜と同だ。


 俺は、安堵したが、涙がこみ上げてきた。

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