第28話 美人な座長

 宗田は、しばらく俺が渡したメモ書きを見ていたが、その後、顔を上げた。



「ありがとう百地君。 実はな、席次を見て、君に挨拶に来たんだ。 会社から君の書いた論文を渡されて読んだが …。 3次元アルゴリズムによるAIプログラムの着眼点は素晴らしいと思ったよ。 とても斬新な発想だ」



「ありがとうございます。 あれは、人生で数回あるかないかのヒラメキだったんです。 今、同じように書けるかと言われたら、多分無理です」



「そう、謙遜しなくても …。 実は、俺も、東慶大学の工学部出身なんだ。 大学院では奥村教授の教えを受けた。 教授の推薦で、憧れの会社の住菱嵐山テクノロジーに入れたんだ。 ところで、君はいくつだ?」



「23歳です」



「そうか、大学院の1年か。 俺は大学院の博士課程を修了してから会社に入り2年目だ。 歳は29歳で大先輩だ!」


 宗田は、人懐っこい顔で俺を見た。



「そうなんですか? 実は、自分は御社を受験して、三次試験で落ちたんです。 就職できず、それで大学院に進みました」



「今は、就職難だからな。 でも、今回のプロジェクトで頑張って、うちの社長の目に留まれば、引き抜かれるかも知れないぞ! それには、美人の座長へのアピールが必要だ」


 宗田は、ニヤけて俺を見た。



「座長って、この大学の鈴木准教授ですよね。 あの若さでロボット工学の権威で、世界的に名が知られてる。まだ25歳なのに、普通なら大学院の博士課程の年齢だ。 それが准教授なんて、いったい、どうなってるんでしょう?」



「彼女の場合あまりにも優秀で、飛び級が認められたんだ。 しかも、アメリカの大学も飛び級で卒業してる。 俺も話した事があるが、天才的に優秀だが、努力家でもある。 それに …」


 宗田は、ニヤけた。



「どうしたんですか?」



「喜べ! 彼女は凄い美人だぞ! だがな、皆が恋焦がれてるんだが、見向きもしない。 まるで、仕事が恋人のようだ。 だから、誰が心を射止めるか、注目されてるんだ」



「へえ〜。 どんな人か、会うのが楽しみだな!」


 俺は、ワクワクした。



「オオット、席次を見て驚いた。 俺の場所、彼女の隣なんだよ!」


 宗田は、またニヤけてふざけた。



「あっ、本当だ。 でも、ここからだとテーブルが5つ離れてるから遠いな」


 俺は、席次を見て少し残念に思った。



「君は、残念だったな。 でも席を立って酌しに来れば良いさ。 待ってるぞ、大学の後輩よ!」


 いつの間にか、宗田は先輩風を吹かせていた。

 そして、揚々と自分の席に向かった。




 そうこうしている内に、開始時刻が迫ってきた。


 周りを見渡すと、ほぼ満席になっていた。 プロジェクトチームの参加者は15名だが、歓迎セレモニーには、国会議員、経済産業省と文部科学省の役人、民間企業の役員、大学関係者等、ざっと見て200名近くいた。


 俺は、席次を見ながら、参加している人の顔ぶれを確認した。


 ふと、宗田のテーブルを見ると、隣に座長の鈴木准教授が座っていた。しかし、残念ながら後ろ姿で、顔は分からなかった。



 そして、定刻の午後6時になった。


 このプロジェクトを主催する経済産業省の事務次官が挨拶した後、国会議員、京西大学の学長が挨拶した。


 そして次に、民間企業を代表して、住菱嵐山テクノロジーの京極社長が挨拶した。


 皆、話がうまいのだが、それでも、さすがに飽きてきた。



 と、その時である。


 照明が切られ、司会者が興味を惹きつけるような演出で話し出した。


「皆様、大変お待たせしました。 今回のプロジェクトに参加していただく日本を代表する15名の研究技術者の皆様を代表して …」


 ここで効果音が鳴り響き、スポット証明が座長の鈴木准教授を照らした。


「座長の京西大学、鈴木准教授よりご挨拶をいただきます。 よろしくお願いいたします」


 司会者が紹介すると、宗田の隣の席の女性が立ち上がった。 

 身長は160センチ程で決して高くはないが、スラッとスリムな体型だった。

 そして、ステージに向かうため、こちらを向いた。



「あっ」


 あまりの美しさに衝撃が走り、俺は思わず声を発してしまった。

 恐らく、ここにいる男性は皆同じ気持ちだろう。


 それは、ミス東慶に選ばれた静香を、初めて見た時に受けた衝撃に似ていた。

 俺は、その美しさに思わず息をのんだ。

 


 彼女のスピーチは5分程度だったが、見惚れていて、ほとんど頭に入らなかった。

 それほどまでに、彼女の容姿に引きつけられてしまった。



 このスピーチが終わると、文部科学省の審議官の乾杯の発声により、宴会が始まった。


 でも俺は、鈴木座長の事が気になって酒が進まなかった。



 そんな時である。



「君が、百地君だね。 酔わない内に話をしておきたくてな」


 少し関西なまりの、40代と思しき男性が、俺に話しかけてきた。

 彼は、端正で凄く綺麗な顔立だった。



「私に声をかけていただき、感謝します」


 俺は、立ち上がり深々と頭を下げた。



「そんなに、畏まらないで良いよ」


 そう言って、男性は名刺を差し出した。

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