第21話 招かざる客

「失礼します」


 仲居が引戸を開けると、隣に1人の若い女性が佇んでいた。



「沙耶、何で?」


 俺は、思わず口走ってしまった。



「三瓶、来ちゃった」


 望月 沙耶香は、以前と変わらない笑顔で俺を見つめていた。



「料理をお出しします」


 先に、仲居が入ってきた。



「田所は、どこにいますか?」



「田所様は、先ほどお帰りになられました。 ご予約なさった時に、女性のお客様を引き合わせた後に、帰られると仰ってました」

 

 剛の問いかけに対し、仲居は丁重に答えた。彼の不機嫌そうな顔を見て不思議に思ったのか、首を少し傾げた。



「ここに座るね」


 望月 沙耶香が、いきなり俺の隣に座った。今までと同じ、まるで何事もなかったかの様子だ。



「何でここに来たんだ? 君を呼んでない。 田所を追っかけて行けよ!」


 俺は、沙耶香の顔を見て怒りがこみ上げてきた。



「佐々木君も懐かしいね! 大学の時、以来かしら?」


 沙耶香は俺を無視し、剛に話しかけた。



「ああ。 大学を卒業して以来会ってないよな。 実は俺も自動車関係の会社に勤めてるんだ。 トヨトミ自動車のような大企業じゃないけどな。 君は知らないようだが、沙耶香の噂話も耳に入るんだぜ。 業界は狭いもんさ」


 剛は、意味ありげな顔で沙耶香を見た。



「えっ、そうなの? 会社の名前は何ていうの?」



「さあな、言いたくない。 おまえが三瓶にした仕打ちも知ってる。 前から思ってたけど、根性がひねくれてるよな!」


 剛は、キツイ言葉を浴びせた。



「料理は全てお出ししました。 代金は田所様から頂戴しております」


 田所からの連絡を告げると、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、仲居はこの場から逃げるように去った。



「勘違いしてるよ。 私、社会人になってすごく不安で、余裕がなくてさ …。 だから、三瓶に冷たくあたっちゃった。 ゴメンなさい、決して本意じゃなかったのよ。 私の気持ちは最初から変わってないわ。 信じてください」


 沙耶香は、俺に涙目で訴えた。



「そうは言っても、田所と君は付き合ってるんだろう。 あの男、女癖が悪いって評判だぞ。 そんな男に引っかかるなんて、お前も軽い女だよな」



「なんで佐々木君が、そんなふうに言うの? 面白おかしく噂を流されて、本当に困ってるのよ。 大学の時に仲が良かった友人に言われるなんて、本当にキツイ。 私と田所は付き合ってない。 確かにしつこく口説かれたけど、男女の関係ではない。 彼は総務部の新人研修担当だから、職務上の相談はしたけど …。 それはあくまでも、仕事でのことなの。 いつか会社の帰りに三瓶に会っ時、あなたを無視してしまった。 精神状態が、最もひどかった時期なの。 今は、やっと落ち着いてきた。 三瓶が恋しい。 その話を田所にしたら、誤解をさせて申し訳なかったと謝られたわ。 だから彼は、私をここに呼び出したんだと思う。 私は三瓶を裏切ってない。 だからもう一度、よりを戻して!」


 沙耶香は、必死の面持ちで俺を見つめた。



「おい、三瓶。 騙されるなよ! 彼女の言ってる事は、その場しのぎの嘘に決まってる。 よりを戻したいと思ったのは、田所より三瓶にメリットがあったからなんだろうけど、もしかすると、田所と結託して何か企んでるのかもしれないぞ!」



「佐々木君には関係ないわ。 これは、私と三瓶の問題なの」



「なあ、三瓶。 こんな女がいると酒がまずくなる。 もう行こうぜ!」



「お願いだから話だけでも聞いて! きっと誤解は溶けるはず」



 剛と沙耶香は、険悪な状態になってしまった。彼女が俺を裏切っていたとしても、昔のことを思い出すと心が揺らいでしまう。俺の心は弱い。



◇◇◇


 

 そのころ田所 雅史は、自宅に向かうタクシーの中にいた。酔いが回りウトウトしていると、突然スマホが鳴った。



「私、優香よ。 やっと、電話がつながったわ。 ねえ、私たち体の関係もあるのに冷たいわね。 それで良いと思ってるの?」



「忙しくて電話に出れなかったんだ。 スマン」


 田所は、少しビビッていた。


「あまり冷たくしてると、あなたの秘密を喋っちゃうわよ。 やましい事があるでしょ?」



「やましい事って何だよ? 心あたりない」



「悪い人だこと。 ねえ、明日の夜は空いてる?」



「仕事が忙しくてダメだ。 本当にスマン」



「まぁ、良いわ。 でも、私を甘く見ない方がいいわよ。 じゃあね」


 いきなり電話を切られた。機嫌が悪そうな感じが伝わってきた。



「望月の件が決着したと思ったら、今度はこっちかよ」


 田所は、タクシーの中で思わず独り言を言った。



「お客さん大丈夫ですか?」



「いえ、何でもありません」



「何かトラブルに巻き込まれてるようですが、解決できる男を知ってますよ」



「どういう方なんですか?」



「探偵なんですが、不景気で仕事が減って、業務内容を広げてるんです。 ヤバイ事も引き受けます」



「そんな人がいるんですか?」



「ここにいます。 副業で個人タクシーを運転してますが、本業は探偵なんです。 電話の感じだと、女性に脅されてるんでしょ。 この手の話なら場数を踏んでるから解決は簡単です。 格安で承りますよ」



「電話の感じで、そこまで気がつくなんて、すごい洞察力ですね!」


 田所は、驚いた様子で運転手を見た。

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