第20話 ふれあい

「気にしないでください。 望月 沙耶香のことは、自分も知ってますから」


 剛は、意味ありげな顔で話した。



「失礼ですが、どういう関係なんですか?」


 田所は、不思議そうな顔をした。



「それは言えません。 ご想像にお任せします」


 剛が言うと、田所は再び嫌そうな顔をした。



「田所さん。 嫌なら、無理に話さなくても結構です。 別にあなたの話を聞きたい訳じゃないから」


 俺は、ツッケンドンに言ってやった。



「分りました。 他の方がいても構いません」


 そう言いながらも、田所の顔は怒りに紅潮していた。分かりやすい男だ。



「それで、話とは?」


 俺が言うと、田所は神妙な顔をした。



「はい。 望月 沙耶香さんにとって、大切な話です。 百地さんにとっても同じことだと思います …」


 田所は、冷静に話し始めた。



「私は、総務部で新採用の社内研修を担当しています。 望月さんは社会人になった不安があったみたいで、いろいろと相談されました。 美人の彼女に頼られて、正直嬉しかったです。 あわよくば、彼女になってくれたらと願ったりもしました。 百地さんという彼氏がいながら、申し訳ありませんでした。 でも、勘違いしないでください。 彼女の気持ちは百地さんにあります。 それに、自分と望月さんに男女の関係はありません」


 田所は、力強く言った。



「田所さん、俺は沙耶香とは別れました。 あなたに、どうこう言われる問題じゃありません。 2人の問題なんです」


 俺が言うと、田所は少し考え込んだ。



「でも …。 別れると沙耶香さんに ちゃんと伝えましたか? 少なくとも、彼女は別れたと思ってないはずです」



「俺は、何度も連絡したさ。 でも、彼女からの返事はなかった。 心配になって家まで訪ねたが、彼女の母親から実家を出て一人暮らししてると言われた。 逆に知らないのかと聞かれたよ。 俺がストーカーになるのを恐れてか、引越し先も教えてくれなかった。 さすがに哀れに思ったんだろう。 娘に連絡させると言われたが、結局 来なかった。 それに、あんたと沙耶香が一緒にいるときに俺が話しかけたが、沙耶香は俺のことを知らない人だと言ったじゃないか。 だから、キッパリと別れたんだ」



「沙耶香さんは、心が不安定になってたから思ってもないことを言ったんだと思います。 彼女は、百地さんに誤解させたと言って悲しんでました。 それに、連絡してもつながらないと言ってました。 勘違いをされてる。 彼女と一度会えば誤解もとけるはずです」



「彼女からの連絡は着信拒否してる。 俺はよりを戻すつもりはない」



「そんなこと言わないでください …。 やはり本当のことなのか …。 百地さんは酷い人だ。 ミス東慶だった美人と付き合ってるようだが、本当は望月さんを捨てたんだろ。 なんだかんだ言ってるが、単純に、望月さんよりさらに美人に乗り換えただけだ。 最近では、沙耶香さんは落ち込んで仕事も手につかない様子だ。 彼女を哀れと思わないのか?」


 田所は、挑戦的に俺を見た。



「そのミス東慶と百地は、付き合ってないぜ。 何を根拠に言ってるんだ? 適当なことを言うなよ。 俺はあんたの言ってる2人の女性を知ってるんだぞ」


 剛が、口を開いた。



「君には関係ない」


 田所は、剛に食ってかかった。



「剛は、俺の親友だ。 この話に関係ないと言うなら、もうやめだ。 剛、行こうぜ!」


 俺は、剛の肩を叩いた。



「ちょっと待ってくれ。 俺が間違ってたようだ。 望月さんの話を一方的に信じたが、そうではなかった。 なあ、お詫びと言っちゃなんだが、次の店をおごらせてくれ。 会社の接待に使ってる良い店を知ってるんだ。 なあ、お詫びをさせてくれよ」


 田所は、誠実そうに話した。



「そうだな。 ごちそうになるか?」


 剛は、俺にウインクした。



「まあ、俺はどっちでも良いぜ!」


 飲んでばかりで、腹が空いていたからちょうど良かった。俺も剛も酔いが回っていて、冷静さを失っていた。


 3人は、ショットバーの最上階からエレベーターで降りて、ホテルを出た。



「なあ、三瓶。 高かったな」



「ああ」


 俺は、剛を見た。



「ところで、田所さんは、いつもこんなに高い店で飲んでるのか?」



「会社関係で、行くことがあるんだ」


 田所は、自慢げに剛を見た。



「でも、あんた総務部なんだろ?」



「総務部といっても、戦略的な人事活動で接待もあるんだ。 企業秘密で詳しい話はできない」


 田所は、得意げに話した。



 その後、タクシーに乗り込み3人は次の店に向かった。警戒心がとけて親近感が生まれた気がした。


 タクシーは、高級な日本料理店の前でとまった。


「さあ、着いたぜ」



 店に入ると、着物を着た仲居が出迎えた。田所は顔なじみなのか、親しげに話している。その後、案内され奥の個室に入った。



「さあ、遠慮せずにやってくれ。 旨い魚に日本酒がお勧めだぞ!」


 田所は、ニヤッと笑った。



「社長、ゴチになります」


 剛は、冗談を言って笑った。俺は、酔いが回って頭がクラクラしていた。


「ここの店、料理が旨いけど時間がかかるんだ。 仲居に頼んでくるから待っててくれ」


 田所は、部屋を出て行った。



「失礼いたします」


 しばらくすると、仲居が声をかけてきた。



「お通しと、日本酒をお出しします。 料理はお連れ様からご注文いただきましたので、後ほどお運びします。 お飲み物が必要でしたら、インターホンでお声掛けください」


 仲居は、お辞儀して出て行った。



「なんだ、田所のやつ。 インターホンで注文すりゃいいのに? それにしてもあいつ遅いな。 まさかこのままトンズラすんじゃねーだろうな」


 剛は、俺を見て笑った。



「俺はもう金ねーぜ」


 俺は、本当にすっからかんだった。でも、酔っ払って、どうでも良くなっていた。



「失礼いたします。 お連れ様がお見えになりました」


 仲居の声が聞こえた。



「お連れ様ってなんだよ。 田所のやつ1人で入ってくりゃいいのに」


 剛は俺を見て、呆れたような顔をした。

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