第19話 敵との遭遇

 剛は、いつになく酒を煽った。そんな彼を見て、つい俺も深酒をしてしまった。気が大きくなってしまい、静香のことはどうでもよくなっていた。



「静香のことで愚痴を言ってしまった。 憧れていたからつい言い過ぎたようだ。 すまなかった。 今日は飲み過ぎたけど気分が良い。 なあ、次の店に行こうや!」


 そう言うと、剛は、俺の肩を叩いた。



「次はパーっと行こうや! 静香と別れて、俺もむしゃくしゃしてたんだ」



「えっ、今なんて言った?」


 俺は静香と別れたことをつい喋ってしまった。でもよく考えてみたら、隠すようなことでもないし、いつかは分かること。話せて良かったと思った。



「実は、静香には手の届かない初恋の人がいたんだ。 俺はそいつに雰囲気が似てたらしい …。 だから、俺に興味を持ったようだ。 つまりピエロってことさ」



「これまで、静香には付き合ってる男なんていなかったし、憧れていた男がいるなんて、そんな素振りを見せたこともなかった」


 剛は、不思議そうな顔をした。



「そんな顔をするなよ。 俺は、傷ついてないさ」


 精一杯の、強がりを言ってしまった。



「何か分からんが、しょうがないか。 それで静香はどうするんだ?」



「相手はアメリカにいるらしい。 訪ねて告白するみたいだ。 もう俺には関係のないことさ」



「う〜ん、そうか。 次に行くぞ!」


 剛に手を引っ張られ、店を出た。



◇◇



「ここに入るぞ」


「えっ、ここはホテルだぞ。 まさか変な趣味があるんじゃないだろうな?」



「ばかいえ、気持ち悪いこと言うなよ」


 剛に手を取られ、ホテルに入った。そして、エレベーターに乗り最上階にあるゴージャスなショットバーに入った。



「おい、ずいぶん高そうな店に来たな。 いつも来るのか? 手持ちが足りるかな?」


 俺は、少し酔いが覚めてしまった。



「いや俺も初めてだ。 だけど気にするな。 社会人の俺がおごってやる」



「もしも足りなかったら頼む」


 俺と剛は、並んでカウンターに座った。



「何に、いたしますか?」


 カウンターの向こうから、バーテンダーが尋ねてきた。年齢は50代とおぼしき貫禄のある男だ。



「この店の、お勧めのカクテルはありますか?」


 剛は、バーテンダーに問いかけた。



「はい、熱情と言うカクテルがございます」



「変わった名前ですね。 で、どんなカクテルなんですか?」



「ウイスキーとウオッカに、フルーツジュースを混ぜて、微炭酸で仕上げています。 一見すると飲みやすいですが、口当たりが熱くなるアルコール度数が高いカクテルです」



「それを頼みます」


 剛は、即答で答えた。



「そちら様は、どうされますか」


 バーテンダーは、俺に聞いてきた。



「同じものをお願いします」


 俺も即答した。



「どんなカクテルか楽しみだな」



「ああ、興味あるよな」


 俺は、他の客が何を飲んでいるか興味がわき店内を見渡した。


 改めて店の様子をうかがうと、俺たちが座ったカウンターの反対側に、もう一つのカウンターがあるのが見えた。そこには、キレイな女性のバーテンダーがいた。剛も彼女が気になったのか、後ろを振り向いて見ていた。



「おい、三瓶。 あれを見ろよ」



「ああ。 キレイなバーテンダーだよな」



「そうじゃない。 バーテンダーの前に座ってる客だよ」


 剛に言われ、俺はその客をマジマジと見た。斜め後ろからだったので分からなかったが、見覚えのある男だった。



「あいつ、田所 雅史だろ。 トヨトミ自動車で見た事がある。 嫌な奴がいたな。 三瓶は面識があるんだろ。 気づかれないようにしてやり過ごそうぜ」



「そうだな」


 俺は、しばらく忘れていた沙耶香への思いがよみがえってきた。



「奴は、1人で来てるようだな。 沙耶香とはどうなってるんだろう? あっ、スマン」


 剛は、俺に直球で聞いた後、すまなそうな顔をした。



「俺は、どうってことないから気にしないでいいよ。 沙耶香なんて過去の女さ」



「三瓶、それでいいんだよ」


 剛は、俺の肩をたたいて励ました。



「お待たせしました。 カクテルの熱情でございます。 それから、このフルーツはあちらのカウンターのお客様からの差し入れでございます」



「どの方ですか?」



「1人で飲んでいる若い男性です。 伝言がございまして、テーブル席で、百地様とお話をしたいと言っておられます。 お知り合いなんですね」


 俺が見ると、男は軽く会釈した。田所雅史だった。



「おい、三瓶。 何か企んでるかもしれないが話を聞いてみるか?」



「ああ、分かった。 すみません、このフルーツとカクテルを持って席を移動してよろしいですか?」


 俺は、バーテンダーに尋ねた。



「承知しました。 係の者に手配させます」


 俺と、剛は席を移動した。


 2人が座ると、田所がこちらの席に移動してきた。



「突然すみません。 百地さん、私のことを覚えていますか? 会社の帰りにお見受けしたことがございます。 沙耶香さんとのことを誤解したかと心配しておりました。 酔っている席で失礼ですが、お話しさせてください。 申し遅れましたが、私は 田所 雅史と申します。 それからプライベートなことなので、同席の方は遠慮してほしいのですが?」


 田所は、俺に名刺を差し出した。



「彼は私の親友です。 口が堅いから大丈夫です。 同席がダメならお話は出来ません」


 俺が言うと、田所は嫌そうな顔をした。

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