第22話 執着

(望月 沙耶香は、何を考えているんだろう。 彼女の気持ちが俺から離れた事は確かだ。 よりを戻したいと言うが、冷静に考えてみれば信用できない。 田所 雅史にしても、何かを偽ってる気がする。 すごく腹立たしい気分になった)


 俺は、望月 沙耶香をチラッと見た。



「ねえ、三瓶。 私を許してよ。 誰にだって落ち込む事はあるわ。 そんな時に、心がすれ違っただけなの。 私は、あなたを裏切ってないわ。 冷たかった事に関しては謝る。 でもね、今回の件があったからこそ、知り合った時以上に優しくなれるのよ。 あなたを想う気持ちは、前より強くなってるわ」



「ハハハ、田所と繋がってるくせに良く言うぜ。 おまえらの噂は、有名な話なんだぜ!」



「佐々木君は、黙ってよ! デタラメな噂を信じて、無責任な事を言わないで!」


 剛が口をはさむと、望月 沙耶香はムキになって怒った。



「俺は、沙耶とヨリを戻すつもりはない。 これ以上関わらないでくれ」



「そんな。 それなら …。 これだけは言いたくなかったけど …」


 望月 沙耶香は、俺と剛を見た。そして、涙を流した。



「何だよ?」



「三瓶には、別な女がいるんでしょ。 私、知ってるんだからね」 



「俺は、沙耶と別れたと思ってる。 だから、他に彼女がいても君には関係ない」



「関係あるわ。 私は別れたと思ってないんだから。 ミス東慶だった、菱友 静香とデートした事を知ってるのよ。 彼女が好きなの?」



「彼女とは何でもない。 だけど、付き合ってたとしても、君には関係ない」



「じゃあ聞くわ。 私と付き合ってる時に、自分の素性を隠してた?」



「どういう意味だ?」



「あなたは、お金持ちなんでしょ。 知ってるのよ。 もしかして、私を騙してたの?」


 彼女は、冷静さを失っているように見えた。



「何で、そう思うんだ?」


 俺は、彼女の意図が分からず不思議に思った。



「高級外車でデートしたのを見たんだからね。 しらばくれてもダメだから」



「そうか。 でも、大きな勘違いをしてるようだ。 確かに、静香さんとドライブをしたが、付き合ってない。 そもそも、何で沙耶が俺たちを見たんだ?」



「スポーツモデルの公道試験をしてる時に、偶然目撃したの。 すごくショックを受けたわ」



「あの日は日曜だったが、休みも出勤してるのか?」



「モニターカーを持ち帰って性能評価したの」



「俺も車関係の業界にいるが、そんな話、聞いた事ないぞ! それに、まだ新人エンジニアなのに任されるとは変だな」



「佐々木君の会社とは違うわ。 関係ない人は黙ってよ」


 望月 沙耶香は、キツイ目で剛を睨んだ。



「まあ、どうでも良いが、あの時に乗ってた車は俺のじゃない。 俺にポルシェなんて買えるハズがないだろ」


 俺は、呆れた顔で彼女を見た。



「じゃあ、あれは誰の車なのよ?」



「沙耶には関係がない事さ。 君がヨリを戻したいと思った訳が分かった。 どうやら勘違いしてるようだが、俺は金持ちじゃないからな」


 俺は可笑しくなり、自然と笑顔になった。



「三瓶行こう」


 剛が立ち上がった。



「ああ」



 俺と剛は、望月 沙耶香を1人置いて店を出た。沙耶香は、呆気に取られたような顔をしていた。



◇◇◇



 田所は、自宅のマンションに帰っていた。



(金子 優香の件、厄介な事になったな。 あの探偵に依頼するのが良いのか? でも、望月 沙耶香の事にケリがついて良かった)


 田所が考えていると、スマホが鳴った。着信を見たら、望月 沙耶香からだった。しかたなく、電話に出た。



「三瓶とヨリを戻せなかったわ。 あなたが私を誘ったせいよ」



「そんな事を言われても、困るよ。 話ができる場を作ったじゃないか」



「そうね、その件は認めるわ。 ねえ、菱友 静香の事だけど、あの娘の家って金持ちなの?」



「知らないよ。 何でそんな事を聞くんだ?」



「あのポルシェ、2,000万円以上するんでしょ? 三瓶は所有してないって言ってたわ。 だとしたら、誰の所有なの?」



「知らないよ」



「じゃあ、調べてくれる?」



「知ってどうするんだ」



「興味あるのよ。 やってくれるわよね!」



「簡単に言うなよ」



「私に逆らえるの?」



「ウッ。 じゃあ、今の件を最後にしてくれるか。 どうだ?」



「甘いわね。 そんなに簡単に済む問題じゃないわ」



「何だと! それなら勝手にすれば良い」


 田所は、声を荒げた。



「分かった。 誰が金持ちなのか確認できれば、終わりにするわ。 期限は、2週間よ」


 望月 沙耶香も、諦めたようだ。



「分かったよ。 これが最後だぞ!」



 電話を切った。



(金子 優香の事も含め、探偵に相談しよう)


 田所は、心の中で思った。



◇◇◇



 翌日の昼休み、田所は探偵からもらった名刺に電話した。繋がらなかったが、しばらくして電話が来た。



「昨日の、お客さまですね?」



「はい。 酔いが覚めて考えて見ました。 あなたに頼みたいと考えています。 今夜、時間を取れますか?」



「大丈夫です。 名刺にある住所が事務所の所在地なんです。 ここに来れますか?」



「伺います。 でも、頼むかどうかは料金によります」



「依頼内容を聞いて見積りします。 お安くしますよ」



「お願いします。 午後7時では、どうでしょう?」



「分かりました。 お待ちしております」


 電話を切った。



「田所さん、大丈夫ですか?」


 同僚の女性が、心配そうに聞いて来た。



「いや、何でもないよ。 ありがとう」



 田所の目頭が熱くなった。望月 沙耶香に脅されてから疲れ切っていたのだ。探偵に電話して張り詰めていた気が一気に緩んでいた。

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