第23話 怪しい男

 日暮れ時、都内の繁華街の一画にある古いマンションの前に、1人の男が不安そうな顔をして立っていた。

 しばらく考え込んだ様子だったが、何か、意を決したのか、そのマンションに入って行った。

 その男は、最上階の5階に来たが、エレベーターがなく階段で登ったため、相当に息を切らしていた。


 そして、奥の部屋の前に立つと、インターホンを押した。



ガチャ



 ドアが開き、男は部屋に招き入れられた。リビングらしき部屋に、古いテーブルとソファーが置かれていた。



「田所です」



「ああ、そこに座って」


 男に促され、田所は古いソファーに腰を掛けた。



「お茶をどうぞ。 だいたいの話は聞いていますが、詳細を教えてください」


 そう言うと、男は名刺を渡した。

 名刺には、佐々木探偵事務所 所長 佐々木 広志と書かれていた。

 酔いが覚めて改めて見ると年齢は50歳代位の、見た目はちょいワル親父だった。



「頼む前に、調査費用が知りたい。 あまり高額だと依頼する事が難しい」



「分かりました。 依頼内容はストーカー女性の撃退と、もう1人違う女性の素性調査でしたね」



「はい。 その2点です」



「それでしたら、ザッと40万円てとこです」



「思ったより高いな!」


 田所は、露骨に嫌な顔をした。優男のイケメンであるが、感情が顔に出るタイプだった。



「それじゃ、勉強して35万円で引き受けます」



「税込でしょうね?」



「もちろんです」


 探偵は、ニヤッと笑った。何とも言えない気持ち悪い顔だ。



「ところで、経費の内訳は?」



「ストーカー撃退に7日間、素性調査に5日間の計12日間が必要で、それに対し日当が3万で36万円、あと、交通費や諸経費の4万円を足して計40万円が本来必要な経費です。 そこに、値引5万円の出血大サービスをして35万円となります。 但し、これ以上の値引は無理です。 ダメなら他をあたってください。 特にストーカー撃退は、犯罪スレスレの行為だから、引き受ける者がいないと思います。 さあ、どうしますか?」


 探偵は、淡々と語った。



「分かった。 お願いする」


 田所は、探偵の話を聞いて後悔していた。 菱友 静香の素性を金子 優香に探らせようとして、なぜか優香が、自分のストーカーになってしまった。 これの対策費の方が、静香の素性調査より高額なのだ。金子 優香は、疫病神だと思えた。


 その後、田所は自分が知り得る全ての情報を探偵に教えた。

 彼は話を聞きながら、時々不気味な笑みを浮かべていた。


「それでは、この口座に半額の17万5千円を前金として振り込んでください。 振り込み確認後、あなたに連絡のうえ、直ぐに始めます。 業務完了後、残金と引き換えに調査結果をお渡しします。 なお、振り込み手数料はお客様負担です。 よろしいですか?」



「はい。 分かりました」



「それでは、この契約書にサインをお願いします」


 田所は、契約書にサインして事務所を後にした。


 そして翌日、早速、銀行に前金を振り込んだ。



◇◇◇



 数日後の事である。


 金子 優香が、街を歩いていると後ろから声をかけられた。



「すみません。 少しだけお話しをさせてください」


 振り向くと、身なりのキチンとした男性が立っていた。背は高くないが、かなりのイケメンである。


 優香は、思わず見惚れてしまった。



「私に、何でしょうか?」



「僕は、劇団三季に所属してる俳優なんです」


 そう言うと、名刺を渡した。

 真光 完平と書いてあるが、聞いたことが無い名前だ。


 そして、彼は続けた。



「実は、初めて出演するドラマの監督から実地での課題を与えられて困ってるんです。 助けると思って協力してもらえないでしょうか?」



「私、忙しいんです。 他を当たってください」


 優香は、警戒しているようだ。

 でも、相手がイケメンなので悪い気はしないようで、男の顔をジッと見つめている。



「凄く優しそうに見えたものだから、つい声をかけてしまって …。 ゴメンなさい」


 男は、深々と頭を下げた。



「で、何をしたい訳?」


 優香は、少し心が動いた。



「実地課題というのは …。 知らない人の前で演技をして感動させる事なんです。 それだけでない …。 この課題は、相手を探す事から始まるんです。 いきなりで警戒すると思いますが、ダメでしょうか?」



「でも、初対面だし」



「はあ。 あなたが美しかったから、つい声をかけてしまいました。 諦めます」



「う〜ん。 少しだけなら良いけど」


 優香は、悪い気がしなかった。

 美しいと言われた事が嬉しかったのだ。

 

 実際のところを言うと、優香はスタイルは良いが、顔はお世辞にも美人とは言えなかった。



「近くに公園があります。 そこへ移動をお願いします。 周りに人がいるから、警戒しないでください」



「別に警戒はしてないけど」


 2人は、公園に向かった。



 そして、公園に着くと、男は説明を始めた。


「僕があなたに話しかけます。 それに対し、素直なリアクションをお願いします。 その様子をあなたのスマホで動画撮影してほしいのです。 ただ、それだけです。 それから、スマホは、このスタンドに固定してください」



「分かったわ」


 優香は、自分のスマホを固定した。



「ああッ! 自分はちっぽけな人間だが、声を大にして言いたい! 人生とは何ぞや? 生きる意味はどこにある! 多くの人々の中に埋もれ、いずれは消えてなくなる運命。 自分が生きている証を残したい。 真実の愛に出会いたい!」


 男は、いきなり大声で叫んだ。そして、空を見上げ、手をかざした。


 早速、男の演技が始まったようだ。

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