第24話 探偵の仕事

 俳優の真光は、いきなり優香の手を握った。彼女は、驚いて固まってしまった。



「おおっ! ここに麗しき女性がひとり。 そなたの名前は何と言う?」


 優香は、呆気に取られ何も言えない。



「麗しき女性よ、名前が聞きたいのだ!」


 真光は、目に涙を浮かべて訴えた。

 それを見て、優香は、彼の演技である事を思い出した。



「私は、優香よ」



「すまぬ、聞こえぬ」



「わ た し は 、 ゆ う か よ ー」


 優香は、大声で叫んだ。



「そうか、優香か!」


 強く言った後、真光は優香を優しく抱きしめた。

 優香は、抵抗せずにされるがままだ。


 真光は、今度は優香の頬にキスをしようとした。



「チョッと!」


 優香は、キスをされまいとして顔を背けた。



「麗しき姫よ、私は悲しい。 与えられた使命を果たせず、埋もれ消えて行く運命。 そこから救ってくれると思った私が浅はかであった」


 優香は、ドラマの監督から与えられた課題だという事を思い出した。



「王子様、ハイどうぞ」


 何と、優香は目を瞑り、唇を突き出した。子どもが見たら笑い出すようなしぐさだ。


 真光は、ここぞとばかりに激しくキスをした。



「あん」


 優香は、顔を赤らめてされるがままだ。



「はい。 ありがとうございました」


 真光は、いきなり演技を終え普通に戻った。優香は、少し残念そうだ。

 


「監督の課題への評価はどうかしら? 及第点はもらえる?」


 優香は、動揺した気持ちを悟られないように、努めて冷静に話した。



「監督に見てもらわないと結果は分かりません。 でも、すごく良い映像が撮れたと思っています。 あなたのスマホに記録した動画をいただけますか?」


 田所に言われ、優香はデータを送信した。



「もし良かったら、あなたに結果を連絡したいのですが?」


 真光が不安そうに話すと、優香は微笑んだ。



「良いわよ!」


 優香は、携帯番号を教えた。


 この後、真光は帰ったが、優香はひとり嬉しそうにニヤついていた。



◇◇◇



 田所が、探偵に依頼してから3週間が過ぎた。


 そんなある日、彼が昼休みに食事を取っているとスマホが鳴った。



「探偵の佐々木です。 ご依頼の件ですが完了しました。 事務所に来てほしいのですが、よろしいでしょうか?」



「分かりました。 今日の午後7時はいかがですか?」



「お待ちしております」


 電話を切った。



 その後、田所は午後7時に、佐々木探偵事務所を訪ねた。

 前回と同じ古いソファーに腰掛けると、前のテーブルに、お茶が出された。


 所長の佐々木は、早速、話し始めた。



「田所さん。 まず、ストーカー女子の対策から説明します。 最近、金子 優香から連絡はありますか?」



「いえ、ここのところ1週間は、連絡がありません。 以前ですと、ほぼ毎日、電話がありましたから、これで解決したなら嬉しいです」



「はい、対策は上手く行きました」



「だとしたら、本当に救われた気持ちです。 ところで、どうやったんですか?」


 田所は、不思議な顔をした。それを見て佐々木はニヤついた。



「女性のストーカーには、4つのタイプがあります。 尽くすタイプ、見栄を張るタイプ、ヒステリックに怒るタイプ、寂しがって泣くタイプの4つです。 金子 優香はどのタイプだと思いますか?」



「彼女は、短気で怒りっぽいと思います。 違いますか?」



「ヒステリックに怒るタイプですか。 私は違うように聞いています。 見栄を張るタイプじゃないですか?」



「そう言われれば、それはあるかもな …」


 田所は、少し納得した顔をした。



「実は、このタイプは、ストーカーになりやすいタイプです。 ところが、他に気移りさせれば解消しやすタイプでもあります。 今は、違う男性に夢中になっており、多くは言えませんが、彼女は、この男性なしでは生きられなくなるでしょう。 もう、彼女から連絡は来ないと思いますよ」



「本当ですか?」


 田所は、疑いの目で見た。



「相手の男は、女性の心を掴むプロです。 万が一、金子 優香から連絡が来た場合、保証期間内であれば、何度でも無料で対策します」



「保証期間は何年ですか?」



「安心の5年間です。 本日、保証書を発行します」



「ありがとうございます。 よろしくお願いします」


 田所は、半信半疑の様子だが、一応お礼を言った。



 佐々木は、お茶を口に含んだ後、続けた。



「さあ、次の依頼ですが、正直驚きました」


 佐々木が興奮気味に話す様子を見て、田所は不思議に思った。



「どういう事ですか?」



「住菱グループはご存知ですよね」



「はい。 旧財閥系で日本を代表する企業グループです」



「そうです。 ご依頼の女性、菱友 静香は、グループ代表企業の住菱物産の

社長令嬢で、現在23歳です」



「本当ですか?」



「はい。 菱友 才座の次女でした。 でも、なぜ彼女の事を調べてるんですか?」


 佐々木は、興味深そうに聞いた。



「はあ、それは …」


 田所は、何とも言えない困ったような顔をした。



「要らぬ事を、失礼しました。 それでは、彼女の学歴から説明します。 私立の名門、駒場学園中学を成績トップで卒業後、なぜか全寮制進学校の開北高校に入学しています。 ここもトップで卒業し、日本最難関の国立大学である東慶大学の法学部に進学し卒業生代表をつとめ、現在は同大学の大学院に在籍しています。 華々しい学歴ですが、ミス東慶にも選ばれるような美女で、まさに才色兼備で非の打ち所がない女性です」


 そう言うと、佐々木は写真を見せた。

 田所は、実物を見ているにも関わらず、写真に見入ってしまった。

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