第57話 鈴木座長の憂い

 最近、座長の貴子の様子がおかしい。どこか元気がないように思える。


 仕事は、いつも通りこなしているのだが、よく見ると口数が減ったように見える。例えば、間違いがあると年齢が上の者に対しても厳しく叱責していたのだが、最近は、とんと見かけなくなった。

 とにかく、以前と比べると何かが違うのだ。


 とても心配になり、先輩の宗田に聞いてみた。



「ああ見えて、鈴木座長も女だからな。 上からのプレッシャーとかで気落ちする事もあるんじゃないか? 今回のプロジェクトだって、国から成果を求められているんだろうしな。 准教授と言ったって、所詮は、若い女の子なんだし …。 結局、男より弱いのさ」


 宗田は、貴子をバカにするように鼻で笑った。

 でも、優秀さでは彼女に叶わない。男の嫉妬は見苦しいと思った。



「座長に女の子なんて言い方、失礼ですよ。 彼女は、優秀で凄いと思います。 俺は、尊敬しています」


 なぜか、自分の事のように腹が立ってきた。

 宗田は良い先輩なのだが、軽口を叩いたり虚勢を張る癖がある。聞かなければ良かったと思った。



「何言ってんだ! 女なんてものはな、所詮は、男次第なんだ! 凄く優秀でも、愛する男が現れたら、コロッといっちまって、相手に合わせたり尽くしたりするもんさ。 経験者は語るって話さ!」


 宗田は、自慢げに俺の肩を叩いた。



「宗田さんは、経験豊富なんですね。 一度、奥さんに聞いて見たいな!」


 俺が、からかうように言うと、宗田は怒り出した。



「バカ! 余計な事を言うんじゃねえ! さっき言ったのは、最初に付き合った頃の話だ。 今じゃ、家内にマウント取られてるんだからよ。 女は、基本的に男よりたくましいもんだ」


 奥さんの話を出した途端、態度をコロッと変えた。確実に奥さんの尻に敷かれている。



 先輩は頼りにならないので、結局、本人に聞く事にした。


 貴子とは、一緒に飲んでから話せる仲になっていたが、正直なところ、彼女に対しては尊敬よりも好意の方が勝っている。だから、2人でいると、意識し過ぎて緊張してしまう。



 昼休みになり、早めに食事を終え、俺は、座長の執務室を尋ねた。


 まだ、仕事を続けており、とても話しかけられる雰囲気ではない。



「百地、どうかしたか?」


 逆に、声をかけられてしまった。



「座長、昼休みですよ。 食事は、いつ食べるんですか?」



「おまえは食べたのか?」



「はい、食べました。 座長も早く食べないと昼休み時間が終わっちゃいますよ」



「いつも、仕事の合間に食べてるから、心配しなくて良いわ。 それより、要件はなに?」


 貴子は、一旦、仕事の手を休めて、俺を見据えた。



「あのう、そのう …」



「何よ、気持ち悪い」


 俺が話せないでいると、辛辣な言葉が返ってきた。



「最近、座長の元気がない気がして …。 何かあったんですか? 心配なんです」


 俺は、勇気を出して、何とか言えた。



「そう。 心配してくれてるんだ。 でも、本当に分かるの?」



「やはり、何かあるんですね。 自分でよければ、力になりたいです」


 一旦、口火を切ると、普段言えない事でも話せた。



「最近、非通知の電話とか多くてさ。 それに、夜に1人で家に帰る時に、背後に気配を感じたり …。 怖い思いをしてるんだ。 仕事に集中してる時は忘れられるんだけど、ふとした時に気になっちゃってさ。 でも …。 気にしすぎなのかな」


 鈴木座長は、いつもの厳しさが消え、少女のように怖がっていた。

 俺は、それを見て不謹慎にも可愛いと思ってしまった。



「非通知は着信拒否にしてください! それから、夜間に帰る時は、俺が警護します!」


 先日聞いた、沙耶香からの電話の内容と重なり、心配のあまり大きな声を出してしまった。



「シッ、声が大きいわ。 私の勘違いかも知れないから …。 周りには言わないでよ」


 貴子は、人差し指を唇にあてた。

 その仕草が、また、可愛いと思ったが、不謹慎なので気持ちを打ち消した。



「座長の事が、心配なんです」


 今度は、囁くように話した。



「百地に悪いわ。 何か証拠が出たら、警察に相談するから良いよ」


 貴子は、少しはにかんだ顔をした。



「座長は無防備すぎます。 何かあってからでは遅いんですよ! 俺に任せてください。 今日の帰りから座長の後をつけて、怪しい奴がいたら捕まえます」



「エッ …。 でも、悪いからいいよ」



「ダメです! 聞いた以上は、男として後に引けません。 どうか、俺に任せてください!」



「そこまで言うのなら、分かったわ。 お願いします」



 結局、今日の帰りから貴子の警護をする事になった。 

 危険な感じがして多少不安になるが、好意を寄せる女性と居られると思うと、嬉しさの方が勝った。

 結局、この日は午後の仕事が手につかず、周りに怒られてばかりいた。



 そして、午後7時を過ぎた。 皆が帰宅する中、貴子はまだ帰らない。そのため、俺は適当に誤魔化して1人だけで居残りをした。

 午後9時を過ぎた頃、貴子から帰宅するとの連絡が入る。


 一緒に並んで歩く訳にいかず、俺は、犯人に気づかれないように、貴子から距離をおいて尾行した。


 しばらく歩くと、夜なのに帽子を深く被る黒ずくめの男が、貴子の後ろに割り込んできた。

 いかにも怪し過ぎる。俺の強く握る手に、汗が滲んできた。

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熱情 ( 彼女が俺を捨てるなら、逆に捨ててやる! 絶対に見返してやる! ) 初心TARO @cbrha

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