第14話 憂い

 ニセの取材を終えた帰り道、優香は田所に声をかけた。



「ねえ、田所。 あなた、高校の時と変わらないよね」



「どういう意味だよ?」


 田所は、少しムッとした顔をした。



「高校時代に比べたら、身長も高くなりイケメンになったけど、それは見た目だけね。 本質は変わってないわ。 下級生に 田中 安子っていたでしょ。 あんたが彼女にチョッカイを出してたのを思い出すわ。 まるで相手にされず、ストーカーのように見えた」



「ストーカーはしてない! それに田中への想いは本物だったよ。 下級生のクソ生意気な、三枝さえいなければ、彼女は俺に なびいていたはずだ。 あいつは暴力的で危険な野郎だった」


 田所は、悔しそうに顔を歪めた。



「彼女が田所になびくなんて、あり得ないと思ったけど …。 でも、三枝が気に入らないのは、私も同じよ。 ところで、なんで 菱友 静香を調べたいの? まさか、ストーカーでもするつもり!」



「うっ、なにを言ってるんだ! 会社の後輩に、東慶大学の工学部を卒業した者がいるんだが …。 そいつから法学部出身者にミスコン優勝者がいると聞いたんだ。 法務部で 対外的にアピールできるような人材を探していたから …。 それで、彼女がピッタリだと思ってさ …」

 

 田所の言い方が、たどたどしかった。



「ふ〜ん、良く分かんない話ね! そもそも、なんで私に調べさせるのよ?」



「物思いにふけってる時に、優香の顔を思い出してさ。 正直に言うと、君の声が聞きたくなったんだ」


 田所は、優香を見て笑った。優香も悪い気がしないようで、笑顔になった。



「そうなの、まあ良いわ。 でもね、私に会えたんだから、これ以上の調査は無用ね。 それと、今夜は夕食をご馳走してもらうわよ」


 優香は、雅史を色っぽい目で見た。



(俺を見つめやがった。 この女、昔から自意識過剰で気持ち悪いんだよな)


 田所は 心の中で思ったが、我慢して笑顔で優香を見つめ返した。



「分かった。 今日は、ご馳走するよ」


 田所は、優香の機嫌を損ねてはならないと思った。



◇◇◇



 その頃、俺と静香は近くの喫茶店で話しこんでいた。



「金子優香と名乗った女性記者だけど、本物だろうか?」


 俺は 疑って聞いた。



「女性記者には、別に怪しい感じはなかったわ。 それより一緒に来た男が変だと思った。 私をトヨトミ自動車の法務部に採用するとか言ってたけど、本当かしら?」



「奴が、トヨトミ自動車の社員である事は確かだけど、静香に近づく目的が分からない。 でも 奴は、望月 沙耶香 と交際してる男だ。 俺への嫌がらせだろうか?」



「三瓶への嫌がらせを、なんで私にするの?」



「それも、そうだ。 俺と静香の接点を知らないはずだからな …。 トヨトミ自動車の人事課に問い合わせたらどうだろう?」



「私は その会社に入るつもりは無いわ。 だから、無視しようと思ってる」


 静香は、少し面倒くさくなっているようだ。



「もしかして、君が 大企業のご令嬢だと知って近づいたのかも!」



「それなら、パパに言うと一発で解決するわ」



「どう言う意味だよ」



「パパは、あらゆる方面に顔が効くわ。 言わずもがなよ」


 静香は、申し訳無さそうな顔をした。



「静香の言った意味が、なんとなく分かったよ。 ところで、今、パパと言ったけど、家では お父様と呼んでるんだろ? 俺の前では、普段通りにしてほしいな」



「そうね、悪かったわ」


 静香は、少し考え込むように下を見た。



「それに、話をするなら、喫茶店じゃなくて 俺のマンションに来れば良いのに。 遠慮は無用だよ」


 俺の心の中は、静香が大半を占め、沙耶香への気持ちは消し飛んでいた。


 沙耶香とは直ぐに結ばれたから、同じようになればとの下心もあった。そんな俺の心を見透かしてか、静香は厳しい顔をした。



「三瓶のマンションを訪ねるのは、まだ早いわ」



「どうして? この前、湘南に行った時、もし宿を取ってたら …。 どうなったんだ?」



「2人で泊まるのもダメ。 交際する事を、まだ お父様に話してないわ」



 俺は、静香が勝負下着の話をした事を思い出していた。冗談と分かっていても考えてしまう。


 俺と静香では、見た目が釣り合わないが、それでも、彼女が俺に好意を持ってくれていると信じたかった。



「分かったよ。 でも、俺たち …」


 俺は、静香を恨めしそうに見てしまった。



「キスをしたって言いたいんでしょ。 私は三瓶が好きよ。 だから信じて」


 静香は、何かを弁解するような顔をした。俺は、彼女が何かを隠しているように思えた。しかし、そう思っても、俺の口から、その事に触れる勇気がなかった。



◇◇◇



 俺は、マンションに帰ると 剛に電話した。彼は、高校が静香と同じだから、何か知ってると思った。



「百地だが、電話良いか?」



「三瓶、どうかしたのか?」



「剛は、菱友さんと同じ 開北高校だったよな。 彼女は、大企業のご令嬢だけど、どんな感じの学生だった?」



「大企業のご令嬢? 違うだろ。 彼女は、ごく普通の家庭出身のはずだ。 最も凄い美人なんで、皆んなから注目されてたがな」


 静香は、お嬢様である事を隠していたようだ。俺だけに打ち明けてくれたことが、正直嬉しかった。



「高校時代、付き合ってた彼氏とかはいたのか?」



「開北高校は、全寮制の進学校だから、規律が厳しくて色恋沙汰なんて有り得ないぜ! 勉強ばかりで酷え環境だったよ」


 剛は、機嫌悪そうに答えた。

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