第15話 静香の心内

 田所は、優香との夕食の席で酒を飲みすぎたせいか、いつもより冷静さを失っていた。



「なあ、優香。 高校の時の話だが …。 下級生の三枝の野郎。 ヤンキーのくせに頭だけは良かったから、なんと東慶大学の医学部に進学したって聞いた。 あいつは暴力的だから医者には向いてない。 今度 会うことがあったら、黙っちゃいねえぞ!」


 雅史は、大声で話した。



「私も、三枝のせいで噂を流したことがバレて、転校に追い込まれたわ。 私たちの天敵よね!」


 優香も、同意した。



「田中 安子のことだって …。 三枝と付き合うなんて信じられるか? あの、ヤンキーだぞ!」 


 田所は、ますます怒りが込み上げてきた。



「あの女も変わった趣味をしていたわ。 モデルみたいにカッコ良かったから、同性の女子にも人気があったのに、三枝を選んだから幻滅されてたわ」



「その通り!」


 田所は、強い口調で言った。



「だけど、不思議なんだよね。 三枝は、美人にモテたわ。 何でだろう?」



「そう言われれば …。 下級生の、鈴木 貴子と言ったっけ。 成績優秀な美人だったよな。 三枝と付き合った女は、皆、転校して行ったが、奴は疫病神だな! ワハハハ」


 田所は、大笑いした。



「でも。 何と、もう1人いたのよ」


 優香は、雅史を憐れむように見た。



「そんな …。 まだ、いたのか?」



「もう1人は、下級生じゃなくて私たちと同学年よ。 彼女は付き合っていた訳じゃないけど、三枝に気があったみたい。 誰だと思う?」



「美人なのか?」



「ええ、凄く美人よ。 しかも成績は学年トップクラスだったわ」



「まさか、細木なのか?」



「そうよ。 細木 沙耶香よ」



「そうだったのか」



「何、ガッカリしてるのよ! まさか、憧れてた?」



「いや」


 田所は、同じ名前の 望月 沙耶香に脅されている事を思い出していた。



「さあ、気にしないで飲みなよ!」



「おまえ、案外女らしいんだな。 そろそろ次に行こうか?」



「そうだね」



 田所は、飲み過ぎていた。その後、店を出てから、2人の姿はホテル街に消えた。



◇◇◇



 ある日の、菱友家での事である。


 静香の父、菱友 才座は、珍しく早く帰宅した。


 そして、帰るなり静香を呼び出した。



「お父様、どうしたの?」



「ああ、おまえに話があってな …」


 才座は、真剣な顔で娘の静香を見据えた。いつになく、緊張の面持ちだ。



「母さんから、聞いたんだが …。 好きな人が出来たんだって?」



「ええ。 今度、会ってほしいの」



「会うのは良いが、おまえは、元太の事を諦めたのか?」



「えっ、何で今さら? 元太さんは、お姉様が …。 だから、私はもう …」


 静香は、言葉に詰まってしまった。



「正直、元太が婿に来てくれたらと真剣に願っていた。 元太の父親の元晴に聞いたら、本人の気持ち次第だと言われたんで、その気になってた。 しかし、母親の香織さんは良い顔をしてなかったようだが …」


 才座は、優しい顔で娘を見た。そして、再び続けた。



「香澄と気が合いそうだから、俺も期待してたんだよ。 だけど、2人は運命で結ばれてなかったようだ。 あれだけ、元太に のぼせていた香澄が、元太の事を言わなくなった。 それに、元太は医学研究の道に進んだ。 実業家には興味がないようだ」



「お父様の目論見が外れたって言うことね」



「確かに、香澄と元太の関係は予想外だった。 しかし、香澄が後継者になるのは既定路線で、想像してたより上手くいってる。 あいつは経営者に向いてる。 だが、いつまでも独り身でいる訳にはいかない。 いづれ優秀な婿を取らせるつもりだ。 でも、静香は嫁に行けるぞ …」


 才座は考え込んだ後、再び話し出した。



「おまえが、全寮制の開北高校に行きたいと言った時は驚いたがな …。 実は、自分を律する姿を見て感心していたんだよ。 駒場学園高校に行けば快適な高校生活を送れるのに、わざわざ厳しい環境に身を置いた。 以前より心が強くなったのが分かる。 だから、静香が望むならグループ企業を任せたいと考えているんだ。 俺は、2人の娘が立派に育ってくれて嬉しい」


 才座は、静香の肩を叩いた。



「うん」


 静香は、自分の事を頼りにしてくれている父の気持ちが嬉しかった。



 しかし、開北高校を選んだのは、自分を律するためではなかった。姉と元太が恋人関係だと思い、それを見るのが嫌で逃げたのだ。


 静香の元太への気持ちは、それほどまでに強かった。その気持ちが強いからこそ、同じ大学なのに元太に逢わなかった。逢えば、自分の気持ちを抑えられなくなる事を分かっていたのだ。


 しかし、父から姉と元太の関係を聞いて、心が開放された。



「お姉様と元太さん …。 2人は、本当に別れたの?」



「別れたとかじゃなくて …。 最初から、信頼できる友人の関係だったみたいだ。 これは、香澄が言ってた」


 才座は、注意深く静香の様子を見た。



「でも、お姉様は、元太さんに近づくなと私に言ったのよ。 お父様も承知している話だとも言ってた」



「香澄にも、事情があったんだろうが、今はその頃と違うと思う」


 才座の話を聞いて、静香はしばらく考え込んだ。



「元太さんのことだけど、卒業してから国の研究機関に入ったと聞いたけど、京都にいるんでしょ」


 静香は、思わず聞いた。



「いや、知らなかったのか? 今は、アメリカの医療研究機関にいるんだ」



「日本にいないの? ねえ、お父様。 本当に、お姉様に遠慮しなくて良いの?」


 静香は、真剣な顔で父を見つめた。

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