第16話 家族の事情

 才座は、娘の真剣な顔を見て頷いた。


「この前、香澄に聞いたが、元太とは友達以上の関係にはならないと言ってた。 だから、静香が 今でも元太が好きなら、アメリカを訪ねれば良いさ。 アメリカ留学を復活しても良い …。 小さい頃から知ってる元太が家族になれば、俺も嬉しいんだ」



「うん」


 静香は、思わず返事してしまった。


 元太を好きな気持ちを心の奥底に閉じ込めて来たが、それが解き放たれてしまったようだ。


 そんな 静香の様子を、才座は注意深く見ていた。



「母さんから、静香が連れて来た青年の話を聞いた。 雰囲気が元太に似ていると言ってたが …。 それで惹かれたんだろ?」



 静香は、無言で頷いた。



「そいつに、会ってほしいのか?」



「ごめんなさい。 私の浮ついた気持ちで周りに迷惑をかけたわ。 百地さんには謝るしかない」



「今なら、まだ間に合うさ」



「うん。 お父様、私、元太さんを訪ねたい」



「そうか、分かった。 元太とは時々連絡を取ってるから、俺に任せておけ」


 才座は、娘の気持ちを見抜いていた。



◇◇◇



 その頃、田所 雅史は会社で仕事をしていた。


 スマホが鳴ったので見ると、金子 優香からだった。正直、気が乗らなかったが、つい出てしまった。



「ねえ、田所。 この前は良かったわ。 また、会える?」



「今、仕事中なんだ。 だから …」



「残業? 大変ね」



「まだ、午後6時過ぎだから。 いつも、こんなものさ。 ところで、用事は何?」


 田所は、優香とホテルに行ったことを後悔していた。正直言って、彼女の事は好みでなかったし、これ以上関わりたくなかったのだ。



「決まってるでしょ、菱友 静香の事よ。 それに、この前、あんな事になったから …」



「菱友 静香の事は、もういいよ。 それに、ホテルの事は、飲み過ぎてよく覚えてないんだ。 だから…」


 田所は、しどろもどろになっていた。



「この私が誘ってるのに、断るつもり?」



「実は、好きな人がいるんだ。 だから、君とは付き合えない」



「他に好きな人がいたって良いじゃん。 田所らしくないわ。 それより、私の誘いを断ったりしたら、あなたの会社に悪い噂が立つかもよ」



「俺を脅すのか?」



「脅してなんか無いわ。 無理矢理されて、傷ついているのが分からないの? 穏便に済ませたいの。 明日の夜7時に、この前の店で待ってるから、どうすべきか良く考えるのよ」


 優香は、一方的に電話を切った。




 田所が下を向いていると、同僚の女性が声をかけて来た。



「田所さん、どうかしたの?」



「いや、何でも無いよ」


 田所は、明るい表情で答えた。



「好きな人がいるから付き合えないって聞こえたけど …」


 女性は、言いにくそうに話した。



「聞こえちゃったか …。 実は、ストーカーのような娘に絡まれて困ってるんだ」



「田所さんは、望月 沙耶香さんと付き合ってるんでしょ。 電話の相手は優香って聞こえたけど、あまりしつこいなら警察に相談したら?」

 


「望月さんとは、付き合ってる訳じゃないよ」



「本当なの」


 女性の目が輝いた。



「心配してくれて、ありがとう。 自分で何とかするさ」


 田所は、優しく言った。



「田所さん、モテモテね!」


 女性は微笑み、雅史の肩を叩いた。



◇◇◇



 夜の9時過ぎ、マンションに1人でいると、突然スマホが鳴った。見ると、静香からだった。俺は嬉しくなり、直ぐに着信ボタンを押した。



「百地さん、夜分に電話してゴメンなさい」



「いや、そんな事はないさ。 それより三瓶と呼んでほしいな」



「そうだったわ。 でも …」


 返事した後、沈黙が続いた。静香の様子が、いつもと違うと感じた。




 この時、なぜか、母に捨てられた時の事が脳裏を駆けめぐっていた …。



 俺は、東慶大学を目指すため、東京で1人暮らししていると公言していた。しかし、本当の理由は違った …。




 俺は京都に生まれ、母子家庭で育った。両親が早くに離婚したため、実の父の事は覚えてない。


 母は、俺を育てるため、働き詰めで苦労していた。1人でいる時は、いつも勉強をしていたから、成績は良かった。母も勉強ができる俺の事が自慢だったらしく、学校の行事には無理をしてでも来てくれた。俺は、母を喜ばせたくて、ますます勉強に励んだ。


 貧しかったが、母の愛情を受けて育ち幸せだった。

 

 母は、夜の仕事をしていた。美人だったから男性にモテたようだ。何回か相手を紹介されたが、俺が嫌な顔をすると直ぐに別れた。


 そんな事が続いたが、俺が中学3年の時、資産家の男と突然再婚した。この時は、なぜか俺に相談はなかった。


 優しかった母は、相手の男に遠慮してか、俺に冷たい態度を取るようになった。



 母の相手の男とは、数回会ったが話した事はない。男にも、俺と同じ位の年齢の娘がいるらしいが顔も知らない。


 俺は、相手の親族から避けられていた。いや、実の母からも避けられていた。


 最初は、孤独感が半端なかったが、次第に慣れて行った。継父は、かなりの資産家らしく、金だけは惜しみなく注いでくれた。京都では、家政婦付きの家で1人暮らしをしていた。


 その後、高校進学を機に、東京に移り住んだ。


 今、住んでいるマンションは、俺を住まわせるために継父が購入したものだ。仕送りが十分過ぎるほどあるため、生活に困る事はなかった。だから、就職できず大学院に進んだ時も、何も言わずお金を出してくれた。

 

 顧問弁護士が全てを行うため、継父と直接話す事はなかった。また、母とも会ってない。


 俺は、母にとって邪魔者なんだと自覚していた。最愛の人に裏切らた諦めの気持ちが、俺の心を傷つけていた。

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