第50話 ナイト作戦

 プロレスラーのような巨漢の男が、田所に近づくと胸元を掴んで締め上げた。



「何をする! これでもくらえ!」


 田所は、大声を出しながら巨漢の男に抱きつくように近づくと、足をかけながら体当たりした。

 すると、男はバランスを崩し、尻もちをついた。



「どうだ、この野郎!」


 田所は、気合を入れて叫ぶと同時に、アピールするかのように周りを見た。


 すると、周りでは、思わぬ事が起きていた。


 凶悪な顔をした男が、必死の形相で香澄にナイフを向けて凄んでいたのだ。

 よく見ると、残りの3人は苦しそうに地面をのたうち回っている。



「このアマ、容赦しねえ!」


 男が、ナイフを突き刺そうとした瞬間、鈍い音とともに、地面に崩れ落ちた。


 田所には、何が起きたのか分からない。



「ゲフッ」


 男は、みぞおちを抑え悶絶している。どうやら、香澄の膝が、まともに入ったようだ。


 あまりの事に、田所は驚いて言葉を失った。


 

「おい、何なんだ!」


 田所が倒したはずの巨漢の男が、勢いよく立ち上がり叫んだ。

 


 そして、香澄の前に立ちはだかり対峙した。



「4人の男を倒すなんて、信じられねえアマだ。 こうなったら許す訳にいかねえ。 恨むんじゃねえぞ」


 巨漢の男は、両手を広げた。

 どうやら、捕まえようとしているようだ。


 いくら空手の達人とはいえ、女性の身である。捕まったら、彼女に勝ち目はないだろう。

 田所は、息を呑んで2人を見守った。



 香澄は、手刀を中段に構え動かない。

 そして、巨漢の男も動けずにいた。


 しばらく沈黙が続いたが、我慢できなくなったのか、巨漢の男が、足元に抱きつくように突進すると、柔道のもろ手狩りを仕掛けた。

 彼は、柔道経験者のようだ。



 男の体制が低くなったその瞬間、彼女は高く跳び上がり、容赦なく男の側頭部に蹴りを放った。



ボスッ


 巨漢の男は、泡を吹き、まるでカエルのようにひっくり返った。


 まさに、一撃必殺である。


 か細い女性から、このような力強い技が繰り出されるとは、想像もつかない。

 田所は、驚愕し震えた。


 彼が何も言えずにいる間、香澄はどこかに電話していたが、用件が終わると田所の側に来た。



 田所は、脂汗をかきながら香澄を見つめたが、彼女は汗ひとつかいていない。


 その様子に、恐怖さえ覚えた。



「かっ、香澄さん、お見事で …。 驚きました」


 田所の声は、緊張し裏返っていた。



「これから警察が来るけど、正当防衛だったことを証言してよ。 それとも、こいつらは、あなたの仲間なのかな?」


 香澄は、本質を見抜いているかのような口ぶりだ。


 

「俺は、こんな奴ら知らないよ。 でも、走り込みに誘ったばかりに、事件に巻き込んじまって …。 申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。 それに、男なのに、君を守れなくて …」


 田所は、深く頭をたれた。



「気にしなくて良いわよ。 ちょうど良い実践練習になったわ。 でもね、今回の件で徹底的に調査が入ると思うけど、田所さんも協力してね」


 香澄は、爽やかに笑った。



「警察の事情聴取ってことかな?」



「いいえ、弊社の法務部が、独自調査をすることになると思う。 私の素性を調べたんでしょ」



「何か勘違いをしてるようだけど、そんな事をしてないよ」



「まあ、良いわ。 でも、田所さんともう会うことはないわね」



「信用されてないようだから、もう行くよ。 事情聴取があるなら、後で協力するから …」



「どうぞ、ご自由に」


 香澄が、言うが早いか、田所は一目散に、この場を逃げた。


 しばらく行った所で、急行するパトカーとすれ違ったが、サイレンの音を聞いて、よりいっそう不安になってしまった。



◇◇◇



 ナイト作戦決行の翌日、田所は所轄の警察署において事情聴取を受けていた。


 突然、暴漢に襲われ、空手有段者の女性がやむなく対処した事を証言した。

 しかし、聞かれたのはそれだけで、家に帰してくれた。

 田所は、内心ホッとしていた。

 


 しかし、安心してはいられなかった。

 その日の夜に、武井から電話があったのだ。



「おい、田所。 テメ〜、嘘ついたな。 習い事って、茶道じゃなくて空手道だったんだろ。 しかも、送り出した5人全員を倒すたあ、信じられねえアマだ。 捕まった5人が口を割る事はねえが、田所には、今回の落とし前をつけてもらうから覚悟しろよ!」


 武井は、大声で凄んだ。



「待ってくれ。 習い事が空手だったのは謝る。 武井ほどの男が絡んでるから、問題ないと思ったんだ。 落とし前といっても、武井ほどの男が、チンケな俺なんかを相手にするのか? それに、武井ほどの男が、中学時代のナイト作戦を実行したなんて、忘れるべきだと思うよ。 あと、女1人に5人の男がヤラれたなんて、口が裂けても言えない。 あの場に武井が居たなら、違った結果になってたと思うと残念だよ」


 田所は、必死に訴えた。



「相変わらず、口が達者な奴だ。 昔のよしみだから、今回の事は勘弁してやる。 但し、条件がある。 あの女は諦めるが、違う美人を差し出せ! いるんだろう! でなきゃ、オメエの会社に言いふらすぞ! トヨトミ自動車のエリート社員様。 ガハハハハ」


 武井は、豪快に笑った後、一方的に電話を切った。



「参ったな、どうすれば?」


 田所の脳裏に、望月 沙耶香の顔が浮かんだ。

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