第8話 湘南の海

 俺の運転するポルシェは、超高性能を発揮することなく 高速道路を降りた。



「ねえ、三瓶。 なんだかんだ言って、一般道まで来れたわ。 やればできるじゃん」



「ああ、自分でも驚いてるよ。 最高で時速100キロを出したが、初めての経験だったよ」



「良くやったわ。 海まではもう少しよ。 着いたら美味しいお昼を食べようね!」


 静香は、笑顔で俺を見た。あまりにも可愛いので、彼女の顔が見たくて助手席を向いた。



「ダメよ。 前方に集中して!」



「悪い。 集中だよな!」


 俺は、ハンドルを強く握りしめた。その直後、一台の白いバンが横をスッと抜いて行った。



「なに、今の車。 速度超過だわ!」


 静香は、法に触れる行為に敏感に反応する。



「ねえ、三瓶。 この車の速度は?」



「う〜ん。 時速45キロだよ」



「えっ、そうなの? この道路は、標識がないから60キロ制限ね。 三瓶、あと15キロ速く走って。 でもアクセルを踏み過ぎないでよ。 この車は、スピードが出過ぎて危ないのよ」


 静香は、困ったような顔をした。



「そうだよな。 俺も気付いていたよ。 必要以上にスピードが出過ぎるし、半端ない加速も危険極まりない。 公道を走っちゃいけない車だと思うんだ。 そもそも、この車を選んだ理由が分からないよ」



「そう、私にも謎なのよ。 パパは、車好きではあるけど、娘にこんな危険な車を与えるなんて、どうかしてるわ。 今度、聞いて見るわね」


 俺の話を聞いて、静香も同意した。



 そもそも、こんな車音痴な2人が、スーパーカーであるポルシェを運転している事自体 宝の持ち腐れなのだが、その点には 全く気付いてなかった。



 なんやかんやで、ポルシェは海が見える国道134号線に出た。そこで、静香は 助手席の窓を全開にした。



「三瓶、海が綺麗ね。 磯の香りがするわ」



「そうだな。 凄く良い気分になるよな」


 そう言って静香の顔を見ると、彼女は目をつぶって深く深呼吸していた。大きく上下する胸元が見えて、興奮してしまい、思わず目を逸らした。



 彼女は、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、相変わらず深呼吸を続けている。



「なあ、そろそろ目的地に着くよ」



「フフ、ナビを見て分かってるわ。 江ノ島に着いたら、散策をしようね」


 静香は、俺のハンドルを握る左手に、右手を添えて来た。



「危ないから …」


 俺が言っても静香は手を離さなかった。チラッと彼女を見ると、頬を赤らめて恥ずかしそうに下を向いていた。俺は、そんな彼女の姿を見て凄く愛おしくなった。


 心の奥底につっかえていた沙耶香への想いが、完全に消し飛んだ気がして 凄く楽になった。



「静香、ありがとう」



「三瓶こそ、ありがとう」


 静香の言葉を聞いて、直ぐにでも抱きしめたくなったが、運転中のため それが叶わなかった。俺の気持ちを察してか、彼女の添える手が汗ばんでいた。



 江ノ島 近辺の駐車場が混んでいたので、車を少し離れた駐車場に入れた。


 静香がずっと手を添えていたため、車を降りてから すんなりと手をつなぐ事ができた。



「さあ、江ノ島に渡ろうか?」



「はい」


 静香は、素直に頷いた。


 俺は、彼女の手を引いて歩き出した。


 車の中では運転に集中していたため気にならなかったが、静香とこうして手をつないでいると、どうしても意識してしまい 緊張する。


 気の効いた言葉を喋りたいのだが、思いつかない。結局、何も言えないまま黙々と歩くのみであった。


 チラッと静香を見たら、相変わらず可愛い顔でニコッと微笑んだ。しかし良く見ると頬を赤らめており、彼女も緊張しているようだ。


 黙々と歩くのみであったため、手をつないでいる事が 唯一の彼女との接点だと思えてきた。


 絶対に放してはならないと考え、意識すればするほど緊張が増し、次第に手が汗でグッショリと濡れてきた。



(まずい、彼女も気づいているはず)


 俺は、心の中で思い静香を見た。彼女は、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、これまで通り手をつないでいる。



「ゴメン、緊張して手が汗ばんで来たよ」


 さすがに マズイと思い 手を放そうとしたら、静香はいっそう強く握って来た。



「三瓶の温もりや汗だって感じていたいの。 だから、このままで」


 静香は、優しく言った。


 俺は、嬉しくなり一瞬で緊張が解けた。



「三瓶、海が見える! ついに来たわ」


 静香は、突然大きな声で叫んだ。


 緊張で気づかなかったが、俺たちの前面に大きな海が広がっていた。



「青い海が見える! ここまで来れた」


 俺も、思わず叫んでいた。



◇◇◇



 その頃 沙耶香は、自分が住む賃貸マンションに戻っていた。直ぐに三瓶に電話したが、着信拒否になっていて繋がらなかった。



(三瓶は、なんで2000万円以上するポルシェを運転していたの? 彼は地方出身だけど、実家が資産家だったのかしら …)


 沙耶香は、唇を噛んだ。



(それにしても、私と別れて良いと本気で思ってるハズはない。 そうか、菱友 静香に騙されてるんだわ)


 沙耶香は、自分の都合が良いように考えていた。



(雅史を利用するのが手っ取り早いわ。 まずは静香の情報を彼に教えて、三瓶が静香に幻滅するように仕向ける。 そうすれば、私に振り向くはず)


 沙耶香は、三瓶と復縁できる方法を冷静に考えた。



「でも。 う〜ん、それだけじゃダメ。 私が人が変わったように落ち込んでいて、同情されるシチュエーションも必要だわ」


 沙耶香は、思わず 大きな声でひとりごとを言った。


 その後、沙耶香はノートに三瓶と復縁できるシナリオをいくつか書き出した。そして、ノートの表に「極秘プラン」と書き記していた。

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