第7話 心の変化

 田所が、スマホの画像を確認していると、機嫌が悪そうに沙耶香が話しかけてきた。



「ねえ、車に忘れ物したからキーを貸してくれる」



「ああ。 ほらよ」



 沙耶香は 田所からキーを受け取ると、一目散に車のところに向かった。



 しばらくして、雅史のスマホが鳴った。



「ねえ、今日は体調が悪いから帰りたい」


 沙耶香が、車の中から電話して来た。



「何で、わざわざ電話かけて来るんだ。 ここに来て話せば良いじゃんか?」



「体調が悪くて、戻る元気がないの」



「急に、どうしたんだ? 湘南の海はもうすぐだぞ」



「とにかく、帰るわ。 来ないなら、このまま置いて行く!」


 田所は、いつもと違う沙耶香の言動に驚いていた。



「何だよ。 もしかして、ストーカー男と関係があるのか。 奴を気にしてるのか?」



「なっ、訳ないじゃん。 直ぐに来ないと置いて行くから」


 沙耶香が、イラついてる様子が伝わって来る。



「沙耶香は、運転できるのか?」



「当たり前でしょ。 トヨトミのエンジニアで採用されてるんだよ。 あんたより、腕は上よ」



「そうなのか …。 君は、本当に 体調が悪いのか?」


 駐車場を見ると、トヨトミ3000GTが動き出していた。



「待て! 直ぐに行く」


 田所は、慌てて喫茶店を出て車に向かった。



「おい、止めてくれ!」


 キキーッ



 車のところに来ると、慌てて 助手席側のドアを開けて乗り込んだ。



「なあ、だいじょぶか?」

 

 田所が、助手席から声をかけると、沙耶香はいかにも不機嫌そうに、無言で車を急発進させた。



◇◇◇



 キキー、ギュン



「ねえ、あの車の運転どうなってるの。 お尻を振るように後輪が横に滑ったわ」


 静香は、驚いて俺を見た。



「本当だ、凄い! あれはドリフトという運転テクニックだよ」


 俺は、沙耶香の事を思い出していた。




 彼女は、車のエンジニアになるのが夢で、車両の様々な特性を研究し実践していた。


 沙耶香は大学1年の時に運転免許を取った。だから、レンタカーを借りて2人でドライブもした。俺は、運転免許がなかったから、もっぱら助手席が定位置だった。


 彼女は、運転が上達すると様々なテクニックを実践して見せてくれた。ドリフトもそのひとつで、助手席の俺を怖がらせたものだ。




「へえ〜、ドリフトと言うの。 でもあれは迷惑行為だよね。 道路交通法に抵触するわ」


 静香は、ニガニガしい顔をして俺を見た。そして、付け加えた。



「安全運転第一よ。 あんなのは見本にならないわ」


 静香は、俺の肩を叩いた。



◇◇◇



 その頃、トヨトミ3000GTの車内では、田所と沙耶香が険悪なムードになっていた。



「なんで、そんなに機嫌が悪いんだ? 体調が悪いのでは?」


 田所は、恐るおそる聞いた。



「いちいち、うるさいわね。 体調は良くなったけど …。 あんたの、その態度がイラついて、体に良くないのよ!」


 田所は、沙耶香の見た事もない表情に驚いていた。



「あの、背が高い男は誰なんだ? 相当な金持ちなんだろ?」



「前にも言ったよね! 大学の同級生よ。 あの車は、本当に2000万円以上するの? だったら金持ちのボンボンじゃん。 大学にいた時は、全く気付かなかったけどね。 それにしても、あの女 …」



 沙耶香の表情が、いっそうキツくなっていた。



「2人の名前を教えてくれないか?」


 田所は、ポルシェから降りた女の素性に興味があった。



「なんで、あんたに教える筋合いがあるの?」



「俺たちは、付き合ってるんじゃ?」


 田所は、沙耶香の思いもよらぬ態度に、狼狽えた。


 


「名前を聞いて、どうするつもり?」


 沙耶香は、目を見開いて言った。



「沙耶香の事が知りたいだけさ」


 田所は、下を向いた。



「じゃあ聞くけど、あんた 今、何人の女がいるの? 私が知らないとでも思ってるの!」



「なんで、そんな事を …。 君の勘違いだよ」


 田所は、沙耶香の言葉に凄く驚いた。そして、沙耶香とは関わらない方が良いと感じた。



「そうだな。 俺たちは、成り行きでこうなったが、良く考えて見たら相性が良い訳じゃない。 これ以上、付き合っても無意味だな」



「なに、言ってんの? さんざん私の事を もて遊んどいて …。 しかも新人研修の上司が手を出すなんて、前代未聞よね」


 沙耶香は、打って変わって、いつもの美しい顔に戻った。



「そりゃ、誘った俺も悪かったが、それになびいた君にも責任があるんでは? お互い大人なんだからさ …」



「そんな事を言うんだ。 人事管理課に申し出るわ。 どう判断するのかしら。 証拠もあるしね」


 沙耶香は、ニッコリと微笑んだ。



「証拠とはなんだよ?」



「いろいろあるわ。 まあ、安心して。 あんたと交際しようと思ったけど やめたわ。 だから、金輪際 あんたのタワーマンションに行く事はないわ」



「そうか」


 田所は、安堵の表情を見せた。



「だけど、いろいろと尽くして貰うわよ。 私の事を弄んだ罪は重いわ。 あんたに拒否権はない!」



「どう言う意味だ?」



「私のために働いてもらうわ。 なぜ、あんたがそうしなければ ならないのか? その理由を後で連絡する」



「俺を、脅迫するのか?」



 沙耶香は、返事しなかった。


 その後は、ひたすら無言で車を運転した。田所がいくら話しかけても、沙耶香は答えなかった。


 高速を降りて都内に入ると、最寄りの駅前で車を停車させた。



「ここで降りるわ。 後で指示するから、どうするか良く考えね」


 沙耶香は、意味深な言葉を吐いて車を降りた。

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