第6話 揺れる心

「なんだ。 チョロいな」


 田所は、一気にポルシェを抜き去ってしまった。



「あっという間に、豆粒見たいに小さくなったわ。 さすがは、トヨトミ3000GTだね。 楽勝よ!」


 沙耶香は、得意げに雅史を見た。



「君は、エンジニアとして入社したんだから、ポルシェに負けない高性能車をドンドン作ってくれよな」


 田所は、沙耶香の肩を叩いた。



「えっ …」



 その時、沙耶香の脳裏に、ある記憶が蘇った。



(沙耶は、高性能な自動車の開発に携わりたいのか。 俺は、熟練工の技を担えるような工作機械を世に出したいと思ってるんだ)


 沙耶香は、なぜか三瓶が夢を語っている時の事を 思い出してしまった。




「おい、どうかしたのか?」



「あっ、何でもないよ」



「俺は、文系だから、理系のエンジニアの気持ちは分からんがな。 ワハハハハ」


 田所は、冗談を言って笑った。




(もしかすると、三瓶を振ったことは間違ってたのかも。 彼なら、まだ私の事を待ってるだろうな)


 沙耶香は、三瓶の事を考えていると 自然に口元が緩んだ。




「おい。 聞いてるのか? それに、なに ひとりでニヤついてるんだ」



「ゴメン。 昔を思い出しちゃったわ」

 

 沙耶香は、田所に言い寄られ、簡単に三瓶を裏切った事を少し後悔したが、直ぐに考え直した。



(ううん。 三瓶は、大学時代は自慢の彼氏だったけど、就職もできないような奴に私の将来を委ねる訳に行かないわ! 雅史はイケメンだし、結婚すれば社長婦人になれる)


 沙耶香は、三瓶への気持ちを強く打ち消した。



「なあ、次のパーキングエリアに入ろうぜ」



「分かったわ」


 沙耶香は、田所の顔を見つめたあと、自分を納得させるように小さく頷いた。




 その後、2人はパーキングエリア内の喫茶店でくつろいでいた。



「なあ、見ろよ。 トヨトミ3000GTは、目立ってるよな!」


 

「私も早く、高性能車の設計に関わりたいわ」



 しばらく 2人が駐車場を眺めていると、赤い高級外車が入ってきた。



「沙耶香。 さっきの赤いポルシェが入ってきた。 どんな人が乗ってるんだろう?」


 田所は、指差した。



「さっきは、一気に追い抜いたから、乗ってる人の顔が見えなかったわ。 でも あの車、高いんでしょ。 多分、中年の夫婦が乗ってるんじゃないの?」



「そうだよな」



 しばらくして、運転していた男が降りてきた。



「あれっ、若いぜ。 あの背が高い男、どこかで見た気がする」



「えっ」


 沙耶香は、ひとこと発した後、目が釘付けになってしまった。



「助手席から女性が出るぞ」


 田所は、実況するが如く喋り出した。



「あっ。 助手席から降りてきた女、凄え美人だ。 芸能人かな?」


 田所は、興奮して声が大きくなった。 しかし 沙耶香は、相変わらず、見入っている。



「おい、聞いてるのか?」



「えっ、何か言った?」


 沙耶香は、田所が話しかけても 上の空の様子だ。



「あのポルシェに乗ってた奴ら、2人とも背が高くて美男美女だ。 特に女の方は、滅多にいない美しい …。 おい、どうした?」


 沙耶香の顔を見ると、涙が流れていた。



「もしかして、あの男。 そうだ、会社の正面玄関で待ち伏せしていたストーカーだ。 おい、沙耶香。 奴と知り合いだろう!」


 田所が 大きな声で言うと、沙耶香は、ハッとして我に返った。



「知らないわ」


 沙耶香は、目に涙を溜めながら強く否定した。



「なら、何で泣いてる。 あの男と女が誰か言え!」



「うるさい! あなたに言い寄られて一緒にいるけど、正式な恋人じゃないわ。 あなたに、そこまで言われる筋合いはないし、知らないものは知らないのよ」


 沙耶香は、周りが注目するほどの大声を出した。田所は、沙耶香の大胆な行動に少し驚いていた。



「分かった。 少し落ち着けよ」


 田所は、機嫌を取るように優しく言った。



「そうね。 あなたが信用しないから悪いのよ」


 沙耶香は、これ以上気持ちが昂らないように、自分を落ち着かせた。



 田所は、沙耶香の知り合いらしき男よりも、一緒にいた女が気になっていた。



カシャ



「トヨトミ3000GTが、ポルシェに勝った記念に、撮影しとくぜ」


 田所は、沙耶香を刺激しないように気を使いながら、スマホで撮影した。



◇◇◇



 まさに、その時の事である。


 ポルシェを降りた男女は、仲良さそうに会話していた。



「ペーパードライバーの俺に、高速道路の運転は辛いよ。 スピードメーターが 350キロまで刻まれてるけど意味がないよな。 時速 80キロで走っていたが、遅すぎて違反じゃないだろうか?」



「高速道路の 最低速度制限は 50キロだから違反じゃないわ。 マイペースで良いのよ。 リラックス、リラックス!」


 静香は、俺の背中をさすった。



「違反じゃなくても、周りの車が迷惑してるだろ。 来る途中も、スポーツカーに 急加速で追い抜かれたしな」



「あれは、確実に 相手が速度違反してたわ。 私の車には、初心者マークだって貼ってあるのよ」



「えっ、本当か?」


 よく見ると、稼働リアウイング付近のボディに小さめの初心者マークが貼ってあった。



「この場所じゃ、リアウイングが出てくると見えなくなるぞ! 違反にならないか?」



「えっ、リアウイングが出てくるの。 本当に? じゃ、もう1枚あるから見えるところに貼るわ」


 静香は、おもむろに車内から初心者マークを取り出して、リアバンパーのど真ん中に貼った。



「さすがに、バンパーは 動かないでしょ」


 静香は、ニコッと笑った。やはりエクボが可愛いすぎる。



「なあ。 今度は、静香が運転してくれないか?」


 俺は、申し訳無さそうに話した。



「私は、高速道路は未経験だから無理よ。 三瓶は男なんだから、私のためにできるでしょ!」



「う~ん。 でも、教習所で 高速教習受けただろ」



「あれは、教習所の車よ。 ポルシェとは違うわ」


 静香は、子供のような良い訳をした。



「静香は、たまに運転してると言ったじゃんか。 どの位の頻度で運転してるんだ?」



「この前、2度目の運転で擦っちゃったから、その後は運転してないわ」


 静香は、淡々と話した。



「この車は 新しいようだけど、買ってからどのくらい 動いてるんだ?」



「この車が動いたのは、私が運転した2回と、納車した時にパパが運転した時、それに今日運転してるから、全部で4回目だね」


 静香は、涼しい顔をして言った。



「いつ納車されたの?」



「私が運転免許取った直後だから、3週間前よ」



「なにっ! バリバリの新車じゃないか」



「気にしないで!」


 静香は、ニコニコしながら 俺の肩を叩いた。



「ぺーパードライバーなんだから気にするよ」


 俺は、運転がますます不安になってしまった。

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