第9話 企み

 沙耶香はノートを作成した後、おもむろに田所に電話した。



「沙耶香よ」



「あっ。 今、都合が悪いから切るぞ」


 田所は、いきなり逃げ口上だ。



「えっ。 そんな態度を取るんだ。 これは、何かな?」


 そう言うと、沙耶香はICレコーダーの音声を聞かせた。




〜〜〜 音声始まり 〜〜〜


「なあ、良いだろ? 俺は君の事が好きなんだ。 一度で良いからさ」


「やめてください。 教育指導の田所さんと、そんな関係になれません。 体に触らないで!」



「君が、魅力的過ぎるのが悪いんだ。 なあ、良いだろ」



「お願いだから、やめてください!」


〜〜〜 音声終わり 〜〜〜




「何で?」


 田所の声が、震えていた。



「あなたがストーカーとバカにした男は、私の元恋人だった。 名前は、百地 三瓶って言うの。 心より愛していたわ。 でも、あなたに無理矢理犯されて …。 だから、別れるしか無いと自分に言い聞かせていた」



「そんな! あれは懇親会の後に ホテルに行った時の音声だろ。 盗聴していたのか? 君だって俺になびいて着いて来たじゃないか。 決して、一方的な話じゃないぞ」



「この期に及んで、そんな事を言うんだ。 まだ 他にも、証拠となる音声があるわ。 警察に被害届けを出す事にする。 さよなら」



「ちょっ …。 あっと …。 待って。 その〜、俺は何をすれば良い?」


 田所は、しどろもどろになっていた。



「三瓶が、私のところに戻るように仕向けてよ」



「そんな。 人の気持ちをどうこうするなんて無理だよ」



「あなたがした事は、強制性交なのよ。 他にも被害者がいるはず」



「だけど、君からも誘った …」


 田所は、弱々しい声で主張した。



「あなたの言い分は通らないわ。 証拠だって音声以外に沢山あるのよ。 でもね、三瓶さえ戻って来てくれたら …」


 沙也加は、声を詰まらせた。

 


「私は、三瓶に心から謝って 彼に尽くしたい! ただ、それだけなの」


 沙耶香は、泣きそうな声を出した。



「分かった。 何でもする」


 田所は、沙耶香にしてやられたと思った。完敗だった。


 


「じゃあ、教えるわ。 三瓶は、東慶大学の工学部の大学院に在籍してるの。 彼と一緒にいた女は、同じ大学の法学部に在籍していたけど、今は どうなってるか知らない。 在学中、雑誌社主催のミス東慶に選ばれてマスコミからスカウトされたほどの美女よ。 名前は 菱友 静香、彼女の事を知りたかったんでしょ」


 沙耶香の、声のトーンが上がった。



「いや、そんな事は …」


 田所は、心を見透かされたようで 恐ろしくなった。


 

「三瓶と静香は、仲が良さそうに見えたけど、私は、元彼を奪われてショックだった。 あなたが、どう動こうと構わないけど、タイムリミットは1ヶ月間よ。 私は、あなたから心身ともに深い傷を負わされた。 でも、三瓶と復縁できるなら、あなたへの恨みは忘れられる。 心に受けた深い傷を消したいの」


 沙也加は、わざと遠回しに言った。



「分かった」


 田所の声は震えていた。



 その後、沙耶香は電話を切った。



「あの男、警察に訴えられるとなれば、必死になって 菱友 静香を口説くハズだわ。 とにかく、あの女が じゃまよ!」


 沙耶香は、ひとりごとを言った後 ほくそ笑んだ。



◇◇◇


 

 俺と静香は、レストランで昼食を食べた後、方々を散策してまわった。


 そして、海が見える東屋の中に並んで座った。夕焼けに照らされ、静香はドラマのヒロインのように美しく輝いて見えた。



「ねえ、三瓶。 今日は楽しかったわ。 素敵なデートコースを計画してくれてありがとう」


 そう言うと 静香は、俺の直ぐ目の前に可愛らしい顔を近づけて来た。俺は、静香の気持ちに気づき、気を使わせてはならないと思い焦った。



「静香、目を瞑って」



「はい」


 静香は、素直に従った。



チュッ



 俺は、素早く彼女の唇に自分の唇を重ねた。凄く幸せな気分になり、しばらくそのままの状態でいた。


 静香は、目を瞑り されるがままだ。




「あの人たち、キスしてるよ!」


 どこからか、子どもたちの声がした。




 俺は、我に返り 静香から離れてしまった。



「三瓶、良かったよ」


 静香は、嬉しそうに微笑んだ。




「あの女の人、凄く可愛くてキレイ!」


 また、子どもたちの声が聞こえた。




 俺は声のする方を見た。




「あっ、ヤバイ!」


 小学生と思しき男女が、一目散に走って行くのが見えた。




「最近の子どもは、ませてるわね」


 静香は、笑っていた。



「邪魔者がいなくなったぞ」



「あん」



 俺は静香に近づき、キスの続きをした。静香も俺に手を回し強く抱きしめてくれた。静香の胸が当たった感触が心地よかった。


 しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。突然、静香のスマホが鳴り、俺は慌てて離れた。


 彼女は、しばらく誰かと話していた。



「ゴメン、三瓶。 家政婦からの電話で、ママが帰ったと連絡があったわ。 今日は、仕事で京都に行く予定だったのに変更した見たい。 帰ったらママに挨拶してほしいの」


 静香は、申し訳なさそうな顔をした。



「それは、大変だ。 遅くなるといけないから直ぐに帰ろう!」


 俺は、静香の母親に挨拶する事を考えて緊張したが、深呼吸をして心を落ち着かせた。


 

 直ぐに 駐車場に戻り、ポルシェを運転し、制限速度内で帰り道を急いだ。



 やがて、静香の家に着くと、家政婦が心配そうに出迎えた。



「お嬢様、運転はだいじょうぶでしたか?」



「彼が運転したから、何の問題も無かったわ」


 静香は、俺をチラッと見て 優しく笑った。

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