第10話 お嬢様の素性

 家政婦は、静香と俺を交互に見た後、真剣な顔で言った。



「奥様から、お嬢様たちが帰ってきたら来賓室に来るようにと仰せつかっています。 直ぐにお越しください」



「分かったわ。 お母様は京都の関連会社に出向く予定だと聞いてたけど、変更になったの?」


 静香は、不思議そうに聞いた。



「実は、お嬢様がデートなさるのを知って、急遽日程を変更し、明日に延期なさったようです」



「えっ、なんで 私がデートする事が分かったの?」



「実は、電話があり 聞かれたため、私が お答えしました」


 家政婦は、申し訳なさそうな顔をした。



「嘘は付けないから、しょうがないわね。 でも、私のデートで予定を変更するなんて お母様もどうかしてるわ」


 静香は、不満そうに言った。



「奥様は、お嬢様が ご心配なんですよ」


 家政婦は、俺を見て目を細めた後、屋敷に戻った。



 俺は、静香がいつもと違い、ママではなく お母様と言ってるのが気になった。また、家政婦との会話の雰囲気が、いつもの静香と違う気がした。



「なあ、静香。 君の母親の事なんだけど …。 京都の関連会社に行くと言ってたが、なんの仕事をしてるんだ? それに、なんでママとお母様を使い分けて話すんだ?」


 俺は、気になってる事を正直に話した。



「そうね。 私の家族について話す必要があるよね。 住菱財団て知ってる?」



「日本を代表する商社、住菱物産が関係する法人格だろ」



「そうよ。 私の母は、3年位前から そこの理事長をしてるわ」



「えっ、そうなのか!」


 俺は、驚いて大きな声を出した。



「母は、以前は家にいたのよ。 でも、お姉様が大学を卒業して家を出てから、お父様に勧められて理事長になったの」



「そうなのか …。 じゃあ、静香は なんでママと お母様とで、呼び方を使い分けてるんだ?」


 俺は、静香を見つめた。



「お嬢様と見られるのが嫌だったからなの。 昔から、外では、両親の事をパパとママって呼んでたわ。 だって、お父様とか お母様なんて言ったら、周りが変に思うでしょ。 でもね、三瓶を家に呼んだのは、隠し事をしたくなかったからなの。 この通り私はお嬢様よ。 三瓶に隠すつもりもないし、両親がいたら紹介したいと思ってた」


 静香は、真剣な顔をした。



「そうか。 君の家は住菱グループと関係が深い家柄なんだな。 分家とかなんだろ?」



「違うわ、本家よ。 つまり創業家なの」



「本当か! でも、苗字は住菱じゃないけど …」



「会社のグループ名は住菱だけど、あれは苗字とは直接関係ないわ」



「そうなのか。 じゃあ君の父親は何をしてるんだ?」



「おじい様が会長になって退いたから、昨年からグループの代表企業である住菱物産の社長をしてるわ。 ちなみに姉は、住菱銀行の役員をしてる」



「そうなんだ。 実は 俺は、昨年 住菱嵐山テクノロジーを受験したけど、三次試験で不合格になってしまったんだ。 この企業は、元々は、嵐山テクノロジーという会社だったけど、住菱グループに買収されてからグングン業績をのばしてる。 製造用ロボット技術は、世界トップレベルだと思う。 本社は京都市だよな」



「実は その会社は、お母様の弟が社長をしてるの。 叔父さまは機械工学の技術者でもあるのよ」


 静香は、淡々と話した。



 俺は、話の内容に驚いてしまった。正直、静香とは住む世界が違い過ぎて、この場から逃げ出したくなっていた。


 そんな俺の姿を見て、静香は心配そうな顔をした。



「三瓶、臆する事はないわ。 叔父さまは 技術者といっても、住菱のグループ企業で経営にも携わっていたのよ。 だから、その一員として社長に就任したの」



「そうか、単なる技術者じゃないのか …」


 静香は励ましたつもりであるが、俺は、自分の無能さを思うと ますます落ち込んでしまった。



「それに …」


 静香は、言葉に詰まった。



「どうしたんだ?」



「お姉様もごく普通の家庭の殿方とお付き合いしてた。 お父様も賛成していたわ。 でも、その方とは 遠距離で …」



「えっ、別れたのか?」



「お姉様は、言わないから分からない。 お姉様とその方は、東慶大学出身で同い年なの」


 静香は、なぜか暗い顔をした。俺は、それが なぜか凄く気になったが、彼女の悲しそうな顔を見ていると聞けなかった。



「そうなのか。 学年はだいぶ上なの?」



「2学年上よ」



「学部はどこだったの?」



「姉は法学部で、彼氏は医学部なの」


 静香は、優しく微笑んだ。



「俺には、君の家系が凄すぎてついていけない。 俺なんかで良いんだろうか?」



「もちろんよ。 それじゃ、行きましょ!」


 静香は、俺の手を取って 家の中に案内した。



◇◇◇



 静香の家は大きくて部屋がたくさんある。朝方入った場所とは違う通路から、豪華な客間に案内された。


 俺と静香は、大きく豪華なソファーに並んで座った。


 しばらくすると、凄く美しい女性が部屋に入って来て、俺たちに相対して座った。ひと目見て静香の母親だと分かった。



「こんばんは。 静香の母です」



 その女性は、優しく微笑んだ。すると静香と同じように口元にエクボができて、美しさに可愛さが加わった。


 静香の母親という事は、それなりの年齢のハズであるが、もの凄く若く見える。俺は、思わず見惚れてしまった。


 

「初めまして。 百地 三瓶と申します。 静香さんと同じ大学の大学院に通ってます」



「そうですか。 なにを専攻されてるんですか?」



「機械工学です。 職人の技を踏襲するような産業用ロボットを開発するのが夢です」


 俺の話を聞いて、静香は少し考えこんだ様子を見せた。

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