第11話 お嬢様の立場

 静香の母は、俺たちを見た。



「目標があって良いですね。 静香は 法学を専攻していますが、娘がこれを選んだのは家業を気にしての事なんです。 私のように 好きな学問を選んだら良いのにと思ってしまいます」



「お母様は、何を専攻なさったのですか?」


 俺は、気になってしまい思わず聞いた。



「私は、京都の出身だから、京西大学の文学部に進みました。 両親からは、好きな学問を深く学べと言われていたから、英米文学を専攻したんです」



「実は、僕も京都出身なんです。 同じように、両親から 好きな事を深く学べと言われました。 事情があり関東の大学を目指していたから、高校から東京でひとり暮らしをしてます」



「えっ、三瓶は京都出身なんだ?」


 静香が、驚いたように声を上げた。



「スマン、言ってなかった」

 


「ううん、良いのよ。 それより お母様に話があるわ」


 静香は、俺にチラッと目配せした後、改まって母親を見た。



「改まってどうしたの?」


 母は、娘に優しく言った。



「私、百地さんと真剣にお付き合いしたいと思ってます。 どうか認めてください」



「私は、構いませんよ。 でも、正式に交際するのなら、お父様にも言う必要があるわ。 分かるでしょ」



「でも、お父様には 以前反対された事があるわ。 また、反対 …。  はっ。 三瓶、ごめんなさい」




「この娘ったら、言わなくて良い事まで言って。 百地さん、安心して。 静香が、まだ 子どもだった頃の話よ」



「気になります」


 俺は 知りたくて、つい聞いてしまった。



「分かったわ」



「お母様!」


 静香は、いつになく焦っている様子だ。俺は、ますます知りたくなってしまった。


 静香の母は、ゆっくりと話し始めた。



「昔から、この娘に言い寄る男子は多かったけど、なぜか交際に至るような事はなかったわ。 そんな中、唯一、静香から付き合いたいという男子が現れたのよ。 それが、主人の親友の倅さんだったの。 まだ、中学生の時だったから、主人から早いと言われ一蹴されてしまった。 でも、その人には別に好きな女性が現れたから心配ないわ。 百地さん、子どもの頃の事だから、許してあげてね。 でもね、静香があなたに惹かれた理由が分かった気がするわ」


 そう言うと、静香の母はマジマジと俺の姿を見た。



「お母様、それ位にして! 三瓶、今の話は過去の事だから気にしないでね」


 俺は、ムキになって否定してる静香を見ていると、ますます不安になってしまった。



◇◇◇



 その頃、タワーマンションの一室で田所はひとり考えこんでいた。


(タイムリミットは、1ヶ月と言っていたが、本当に沙耶香は俺を警察に突き出すつもりなのか? 証拠があると言ったが、音声以外に何があるんだろう? 訴えられたら、無罪だったとしても会社での出世は望めなくなってしまう。 今更、潰れそうな親父の工場を継ぐ訳にも行かないが …。 モニターに当選して住んでるタワーマンションも、来春には出て行かなければならないから、最悪の場合は、工場を継ぐしかないのか? 美人だからって沙耶香に手を出すんじゃなかった)


 田所は、大いに後悔していた。



(それにしても、百地とかいう野郎と一緒にいた女、沙耶香なんか足元にも及ばない位の美女だった。 あの美女が相手なら、沙耶香に気持ちが戻るとは考え辛い。 う〜ん、どうしたものか?)


 田所は、考えこんだ。



(そうか! 少なくとも百地よりは、俺の方がオシャレでイケメンだ。 奴に惚れるなら、この俺が言い寄れば なびかないハズがない。 解決する方法は、菱友とかいう美女を、俺の女にすることだ!)


 田所は、笑顔になった。そして、どこかに電話した。



「久しぶり。 田所だが、今、良いか?」



「どうしたの、高校以来じゃない! 電話番号を変えてないと、思いがけない人から電話が来ることがあるわね」



「おまえは 高校時代、様々な情報を掌握してたよな。 その 収集能力には脱帽してたよ。 2年の時に、突然 転校したのには驚いたよ。 詳しくは知らないが、桜井 涼介と何かあったのか?」



「あいつに利用されたの。 権力者の家系には勝てないわ。 私は転校してから転落人生よ」



「上等学園高校じゃなくても、難関大学を目指せただろ?」



「私立の青海学園大学に進学したわ。 でも就職できず、家でブラブラしてる」



「不景気だからな。 ところで、風の噂で探偵の真似事をしてると聞いたが本当なのか?」



「ああ、あれは …。 早く結婚した友達から、旦那の浮気調査を頼まれた件ね。 そんなのが、噂になるんだ」



「おまえが、広めたんだろ!」



「違うわよ。 依頼した友達が、感謝して言いふらしたんだと思うわ。 ところで、田所はトヨトミ自動車に入ったんでしょ。 不景気で親の工場が不調だから、大企業に就職できて正解だったよね。 う〜ん、羨ましい!」



「おまえの家は資産家だから、就職しなくても良いだろ。 そっちの方が羨ましいぜ。 ところで、どこから俺の情報を? さすが、情報収集能力は、今でも健在だな」



「フフフ、そうよ。 ところで、私に何を調べてほしいの?」



「察しが良いな。 東慶大学の法学部に在籍していた女子学生の素性を調べてほしい」



「暇だし、良いわよ。 でも、最低の必要経費はいただくよ」



「分かってるさ。 でも、探偵事務所に頼むよりは安いんだろ」



「興味がある内容なら、費用は免除する事もあるわ。 じゃあ、詳しく話して」


 電話の相手の女は、興味をそそられているようだった。

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