第47話 悪知恵

 田所は、武井の言動に恐怖を覚えていたが、次第に慣れてくると、つけ入る隙がないか考えるようになった。

 彼は、昔から逆境を乗り越えて、悪知恵を働かせてきたのだ。



 田所は、おもむろに、スマホをテーブルの上に置き、ボイスメモを起動させた。



「おい! なぜ、録音してるんだ?」


 武井は、不審に思ったのか、声を荒げた。



「ビジネスを記録するためさ。 どうせ、契約書なんて無いんだろ?」



「あるはずネエだろ。 お互いの信頼に基づいてるからな。 ガハハハハ」


 武井は、豪快に笑った。



「金は自分で払うから、金融機関の紹介はいらない。 ところで、確実にナイト作戦を実行してくれるんだろうな?」


 田所は、わざと、からかうような顔をした。



「誰にものを言ってるんだ! やるんなら、これからでも良いぜ。 子分は、俺の一声で、いつでも集まるからな」


 武井は、自慢げに話した後、田所の肩を叩いた。



「凄いな。 貫禄もあるし …。 俺は武井のことを、もちろん信用している。 でも、今回の件は成功報酬じゃないとな …。 やれる自信はあるのか?」


 田所は、少し挑発気味に言った。


 こんな言い方をすると、さっきまでの武井なら激怒しただろうが、なぜか、そうはならなかった。

 田所の策略で、気づかないうちに、フレンドリーな雰囲気に変わっていたのだ。



「自信があるかなんて、何を言ってる? 相手に絡むだけだろ。 造作もネエことだぜ」



「なら、決まりだな。 支払いは全て成功報酬だ。 武井ほどの男が言うんだから間違いないよな。 お前は、昔から頼りになるぜ!」


 田所は、武井を立てながら、実は、自分のペースに引き込んでいた。



「それで、いつやる?」


 武井は、もうその気になっていた。

 ナイト作戦など、子供じみた話なのに、いつの間にか、やる気マンマンになっていた。



「それが …。 実は、厄介なことがあるんだ。 これを見てくれ」


 田所は、精一杯の困った顔をつくり、パンフレットを渡した。



「住菱銀行のパンフレットか。 でっ、これが、何だってんだ?」


 武井は、場違いなパンフレットを手にして、少し声を荒げた。



「まあまあ …。 良く見てくれ、そこにターゲットが載ってる」


 田所の言葉を聞き、武井はパラパラとページをめくった。

 そして、あるページで手が止まり、目が釘付けになった。



「おい! ここにある写真の女、凄げ〜美人だな。 今までに見たことが無いようなレベルだ。 こんな美人が銀行のパンフレットなんかに …。 信じられねえ」


 武井は、中学の頃のように、ニヤついた。少し顔が赤くなってる。

 さっきまでの凶悪な感じは、まるでない。



「その女なんだ。 高嶺の花だが、恋をしちまった」


 田所は、恥ずかしそうに下を向いた。実は、これは彼の演技だった。



「田所よ。 まさか、このパンフレットだけで恋に落ちたのか? 気持ちは分かるが、アイドルに憧れてるようなもんだぜ! 頭はだいじょうぶか?」


 武井は、珍しくまともなことを言った。



「アイドルとは違う。 会ったことがあるんだ」

 

 田所は、自信なさげに、泣きそうな声を出した。実は、これも演技である。

 自分の非力さを吹聴し、相手に優越感を抱かせ油断させる。そして、最終的には自分優位にことを運ぶ策略だった。



「しかし、この女 …。 住菱銀行の常務となってるが、さすがに …」


 武井は、少し考え込んだ。



「なんだ。 武井ほどの男が、相手を見て尻込みするのか?」


 田所は、わざと大声で話した。


 これも、会話に強弱をつけて、相手を引き込むための、巧妙なテクニックだった。



「尻込みする? あり得ねえぜ! それに、住菱銀行の常務なら、他に利用価値もありそうだしな。 でも、田所には…」


 武井は、何かを言おうとしてやめたが、田所には分かっていた。

 最終的には、武井が女を奪う魂胆なのだ。いつものやり口だった。



「やって、やるぜ! 但し、助けた後に、必ず、あの女をものにするんだぞ! もし、それができない場合は、お前の落ち度だから、成功しなくても50万円を払ってもらう。 良いな!」



「今まで、ナイト作戦で失敗したことはなかっただろ! 俺を信用してくれ」


 田所は、真剣な表情で必死に訴えた。



「まあ、お前は、イケメンだからな。 でも、今の条件は絶対に譲れねえ。 さあ、どうする!」



「分かった。 女がなびかない場合は、50万円を支払う」


 田所は、武井の勢いに仕方なく了解した。



「で、具体的な話だ。 この女との接点はどうなってる?」



「一度だけ会ったことがある。 でも、連絡ができるような間柄じゃないんだ」



「零細企業の小倅に、大手銀行常務との接点が一度でもあったのか? それに、まだ若そうなのに、何で常務なんだ。 見た目と違い、年齢がいってるんじゃないのか? まあ、これだけの美人なら熟女でも良いがな。 ガハハハハ!」


 武井は、勝ち誇ったように、また豪快に笑った。



「上等学園高校の関係で、一度だけ話したことがあるんだ。 そこで、一目惚れしちまった。 年齢は 25歳、俺たちよりも1歳若い。 若いのに、なぜ常務なのか分からないが …。 多分、優秀なんだろう」


 田所は、知り得た重要な情報を隠し、差し障りのないことだけを伝えた。

 ずる賢さでは、武井を上回っていた。



「情報は、それしか無いのか?」


 武井は、少し怪訝な顔をした。



「あまり情報はないが …。 そう言えば、問題がある。 彼女は、常に運転手付きの高級車で移動してる。 だから、ナイト作戦を仕掛けるにしても、絡む場所がないんだ」



「おいおい。 お偉方の車を襲撃したら大事件になっちまうぜ。 問題は、絡む場所とタイミングだな。 でっ、どうする?」


 武井に問われ、田所はしばらく返事できないでいた。

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