第36話 美女との同席
店主は、和室を出て調理場に戻った。
すると、田所が中を覗きこむようにして、入り口付近に立っているのが見えた。そして店主を見つけると、待ちかねたように声をかけてきた。
「彼女の返事はどうでしたか?」
「同席しても構わないと言われましたが、あまり時間がないそうです。 それでも良いですか?」
「ぜんぜん構いません」
田所は、明快に返事した。
「これから彼女の注文した料理を作るから、それを運ぶときに一緒に行きましょう。 田所さんは食べかけの料理を持参してください」
店主が、手短に説明した。
「いや、自分も彼女と同じものを作ってください。 食べかけの料理はここに置いといて、戻ったら食べます。 それで、よろしいですか?」
田所は、ニカッと笑った。
「野菜定食大盛、まいど! 他の、条件も承知!」
店主は、大声で返事した。
「店主、スマン! このお礼は、必ずするから!」
田所は、上機嫌で大声をあげた。
そんな彼を見て、あまりの喜びように、店主は少し訝しんだ。
「料理ができたら声をかけるから、席に座っててよ」
そう言うと、店主は調理場の奥に入って行った。
そして10分ほど経過した頃である。
「田所さん、できたよ」
店主は、調理場の中で大声を上げた。そして、客席の方に目をやった。
「おわっ!」
田所が調理場の入口に、待機して待っていた。その姿を見て、店主は驚いてしまった。
「料理は俺が持つから!」
田所は、調理場にズケズケと入って来て、店主に言い放った。
「うまそうだな。 でも2人分のトレイは持てそうにない」
「この容器に入れるんです」
そう言うと、店主は手際よく2人分のトレイを専用容器に入れた。
「店主、それは俺が持つよ。 先に歩いてくれ」
店主は田所を、図々しい男と思ったが、何も言わずに和室に向かった。
「お待たせしました!」
和室の前で店主が声をかけ襖を開けた。
すると田所は、隙を見て襖をさらに開け、サッと部屋の中に入った。
「あっ。 それは、私が …」
店主が、配膳しようと田所の持つ容器に手を出そうとした。
「あとは任せて!」
田所は、笑顔で店主に声をかけた。
「良いんですか? それでは、ごゆっくり」
店主は少し首を傾げた後、2人に会釈して調理場に戻った。
「お待たせしました」
田所は、2人のトレイを机の上に並べた。
そして、香澄の対面に座ると少年のような爽やかな笑顔で笑った。
「僕は、田所 雅史と申します。 同席を許していただき、ありがとうございます。 ここの定食が懐かしくて食べに来てたのですが、あなたも同じなんですね …」
田所は、少し恥ずかしそうに言った。
爽やかな笑顔から恥ずかしがる一連の行動は、彼が女性を堕とす時に使う必勝テクニックだった。
これまで、この方法で自分になびかない女性はいなかった。母性本能をくすぐられ笑顔になり自分に好意をいだいてしまう。彼の必殺技だった。
田所は、注意深く香澄の顔を観察した。
しかし、美しく優しげな表情ではあるが、笑顔はなかった。
田所は、何か話さなければと思い焦った。
「上等学園高校の卒業生同士、話がしたいな!」
香澄が違う高校の出身だと知っていたが、話のキッカケを作るため嘘をついた。
「悪いけど、私は上等学園高校の卒業生じゃないわ。 そんなことより、時間がないから、先にいただくわね」
香澄は、そっけなく返事をした。
「そんなに、緊張しなくてもだいじょうぶだよ」
田所は、容姿に自信があった。自分にナビかない女子はいないと思っていたから、香澄が緊張してると思い込んだ。
「別に、緊張してないわよ。 食べながらお喋りしましょう。 それじゃ、いただきます」
香澄は、手を合わせた後、ゆっくりと食べ始めた。
田所は、近くで改めて香澄を見た。
美しい容姿には気品が漂っており、表情はすごく優しげである。
これまで見た女性の中で、一番美しく、また、彼の好みであった。
田所は、香澄が住菱グループ総帥の後継者であることを忘れ、彼女に惹かれた。
これまで、多くの女性を手玉にとり騙してきたが、本気で彼女と親しくなりたいと願った。
意識すると緊張してしまい、いつもの饒舌さが発揮できない。自分でも不思議な感覚に陥っていた。
「あのう、なんとお呼びしたら良いか?」
田所は、香澄の素性を佐々木探偵事務所から聞いていたが、わざと知らないフリをした。
「菱友と申します」
香澄は、優しく答えた。
「下の名前は? 知りたいな!」
田所は、爽やかに笑った。
「それは、またご縁があったらということで。 それより、なんで同席したいと思ったんですか?」
「さっきも言ったけど …。 菱友さんもこの店を懐かしんで来ていると思ったら、親近感が芽生えちゃったんだ。 それに、君が魅力的だったから …」
田所の顔が赤くなった。普段ならさりげなく言えるのに、明らかにいつもと違い、香澄を意識していた。
「田所さんて、ウブなんですね。 私の名前は香澄よ」
香澄は、優しく笑った。
緊張したことが功を奏したようだ。田所は、心の中でガッツした。
「もうひとつ聞いて良いですか?」
「良いわ。 でも質問の内容よっては答えないかもよ」
香澄は、美しい顔で優しく笑った。
田所は、その魅力に引き込まれ、ますますのめり込んで行った。
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