第33話 顧問弁護士からの連絡

 翌日の朝、俺は京西大学の鈴木准教授の研究室にいた。

 彼女は、准教授でありながら自分専用の研究室を持ち、専属の研究員が6名も配置される、かなり優遇された研究環境にあった。


 研究室の隣には、大学生が講義を受けられるように講堂が併設されており、鈴木准教授が世界的に有名な研究者で、学生から人気がある事がうかがえる。



 あまりに立派なため、我々プロジェクトチームのメンバーは、この研究室に配置されるヘルプ要員のような存在に見えてしまう。


 

 まず最初に、プロジェクトチームのメンバー15名全員が、技術流出防止に関する誓約書を書かされた。



 その後、鈴木准教授より座長としての挨拶があり、班編成の発表があった。鈴木座長1名を総括者として、専門分野別に4班を編成した。

 1つの班は、3名〜4名の人員からなり、技術分野の目標を掲げ、それに向かって研究を進めて行く。


 俺が配属されたのは第3班で、4名の班員からなる。班長は民間企業から来た宗田が選ばれた。

 3班の専門分野はAIプログラムである。

 研究テーマは、俺が論文に書いた3次元アルゴリズム処理における負荷軽減法則の解明とした。恐らく、東慶大学の奥村教授が根回ししたのであろう。


 4名が顔合わせした後、まず、俺が書いた論文についてのディスカッションが行われた。

 皆、論文を読み込んで来たので、直ぐに身のある話ができた。

 作者である自分が質問され、返事に窮する場面があったが、すかさず宗田がフォローしてくれた。

 この繰り返しが多かったため、俺への評価が下がってしまった。



 今日は一日、ディスカッションのみで終わった。この調子が半年間も続くと思うと気が重くなってしまう。


 業務が終わったのは、午後7時を少し過ぎていた。


 地元の宗田以外の3名は、同じホテルだった。

 疲れていたため、皆、直ぐに部屋に戻った。12階の同じフロアだ。




 部屋で夕食を終え、ユニットバスにお湯を張ろうとした時、スマホが鳴った。

 見ると、継父の顧問弁護士からだった。仕送りの関係で時々連絡があったので、急いで出た。

 すると、いつものように丁寧な言葉遣いの声が聞こえた。



「弁護士の美濃部です。 今、お電話よろしいですか?」



「はい」



「三瓶様のお母様から、伝言を承っております。 電話されても出ないため、本日、東京のマンションに行かれたそうです。 しかし、会えなかったとのこと。 今、東京にいるから、至急、会って話したいそうです」



「自分は、大学から派遣され、泊まりがけで研究用務に携わっています。 だから当分の間、東京に帰れません」



「では、どちらにいらっしゃるのですか?」


 美濃部は驚いたのか、声のトーンが上がった。



「会う時間がありません」


 俺は、即答した。



「時間は作るものです。 もしかして国外なのですか? お母様にお伝えしますから、教えてください」


 美濃部は、冷静に追求してきた。



「泊まりがけの研究用務で東京にいないのは事実ですが …。 正直に言うと母に会いたくないです。 これまで自分は、母に避けられて来ました。 こちらから電話しても出てくれず、会いたい時に無視されて来ました。 今更、何を話すと言うんですか?」


 俺は、感情的になってしまった。



「お母様が、何を話したいか分かりません。 また、お2人の関係も知りません。 しかし、三瓶様が大学院にまで行くことができるのは、お母様の口添えで旦那様が支援しているからなのです。 その辺は斟酌すべきかと思います」


 美濃部は、冷静に、且つ、淡々と話した。



「美濃部さんには、親に捨てられた子の気持ちなど分からないでしょう」


 俺は、冷ややかに言った。



「では、三瓶様のお気持ちを、お母様に、そのままお伝えします。 但し、三瓶様は成人されているので、今後、仕送りを切られる可能性がある事をお含みおきください」


 美濃部は、声のトーンを下げ淡々と話した。



「脅しのように聞こえますが、分かりました」


 俺は、電話を切った。



 俺を見放した母が、東京まで訪ねた事に驚いた。そして、その理由を知りたいと思ったが、それより会いたくない気持ちが勝っていた。


 それと、仕送りを条件に脅された事に腹が立った。

 最も、俺は受け身であり、求める立場じゃない。仕送りを切られても文句は言えなかった。


 だから、これからの生活を考えると、凄く不安になってしまう。




 剛は、唯一何でも話せる友人であり、以前、母との関係も打ち明けていた。

 だから、思わず彼に電話してしまった。

 


「百地だが、今、電話良いか?」



「ああ、良いぜ。 仕事から帰って、ビールをグイッとやってるとこさ!」



「そうか。 実は今、京都にいるんだ」



「エッ。 生まれ故郷で、何かあったのか?」



「国の事業に対し大学から推薦されて、半年間、京西大学で技術研究する事になったんだ」



「それって、経済産業省の産官学若手研究技術者育成事業か?」



「そうだ」



「スゲーじゃねーか!」



「ああ、ほとんど奇跡に近い。 だけど、悪い事も起きた」


 俺は、言葉に詰まった。



「どうした?」



「さっき継父の顧問弁護士から電話があって話した。 母が俺に用があるそうだ。 実はこの電話の前、母から2度着信があったが無視してた」



「良かったじゃねえか! やっぱり、なんだかんだ言ってさ。 実の息子が可愛いのさ」



「絶対に違う!」


 俺を励まそうとしての事と分かっていたが、剛の言葉に、俺は強く反発してしまった。

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