第34話 通う男

 俺は、どうしても母の事が許せなかった。だから、剛にさえムキになってしまった。



「違うんだ。 母は、俺のことなんて気にしてない。 会いたいなんて絶対にない! 俺だって会いたくないんだ!」


 俺は、必死になって説明した。

 だが、これは母への愛情の裏返しなんだと、悔しいが自分でも分かっていた。



「そうか、そうだよな。 分かった」


 剛は、気を遣って同調した。



「顧問弁護士に、母と会わないと言ったら、俺は成人だから仕送りを切るかもしれないと言われた。 そうなれば、大学を辞めざるを得ない」



「なんだそれ? ヒデー話だな。 まあ最悪の場合、俺が面倒見てやるから、安心して研究を頑張って来い。 そこで名が売れれば、一流企業に入れるさ。 おまえが思う通りにしろ。 出世払いで良いからな!」


 剛は、豪快に笑った。



「ありがとう」


 俺は、嬉しくて涙が溢れた。



「それはそうと …」


 剛は、途中まで言いかけてやめた。



「どうしたんだ? 最後まで言えよ!」



「静香のことだが、聞くか?」



「エッ、ああ …」


 俺は、思わず返事してしまった。やはり気になる。



「静香は、俺と同じ全寮制の開北高校出身だろ。 当時の同級生が結婚するんだが …。 あっ、そいつは野郎なんだが、静香を二次会に誘ってほしいと言われたんだ。 俺が静香に憧れてる事を知ってて、会うためのキッカケを作ってくれたんだと思う。 俺は、静香に電話した。 そしたら、アメリカに短期留学してるからと言って断られたよ。 留学してたなんて驚いた」



「教えてくれて、ありがとう。 今の話でケジメをつけられたぜ」


 俺は、三枝 元太という男に会いに行ったんだと分かった。

 これで、やっと吹っ切れた気がした。

 


「そうか。 俺も縁がなかったと思って諦めたよ」


 剛は、俺に合わせるように言った。



「ところで、開北高校ってレベルが高いよな!」



「ああ、超難関校の、駒場学園高校や上等学園高校に匹敵する進学校で、全寮制だから団体行動も学べる」


 剛は、自慢げに話した。

 正直、俺が卒業した、高校よりかなりレベルが上だった。



「俺が通った都立 横川高校は、関東の公立じゃ上の部類だけど、開北高校にはかなわねえ。 おまえのレベルは、高けーぜ!」


 俺は、剛をおだてた。



「だが、俺と同じ、国立最難関の東慶大学に入れたじゃんか!」


 剛は、俺を励ました。



「東慶大学の合格は、あれは奇跡だったんだ。 人生の運をかなり使ったと思う …。 でも、仲間って良いもんだよな! 開北高校は全寮制だから連帯感があるんだろ」


 俺は、しみじみと思った。



「いや、そんなに連帯感は無かったよ。 皆んな周りはライバルばかりだ。 でも、静香は違った。 すごい美人で成績もトップだったから、特別な存在で、皆の憧れだった。 全寮制で男女交際はご法度だったけど、多くの男子が彼女に告白したんだ。 でも、皆んな振られてしまった。 だから、女子が好きな女の子だと思ってる奴もいたんだ」


 なぜか、剛の声が裏返っていた。

 

 俺は、静香のことが聞けて嬉しかった。



「静香は、レズじゃない。 アメリカに行った理由は、初恋の人を追いかけたのさ。 前にも言ったけど、その人がいるから俺は振られたんだ」



「留学は、ついでかよ」


 剛は、驚いたような声を出した。



「剛、ありがとうな!」



「エッ。 おう!」


 剛は、まだ驚き冷めやらぬ感じだった。俺は、心の底からお礼を言った。


 電話を切った後も、心が満たされた感じがしていた。



◇◇◇



 ところ変わり、上等学園高校近くの定食屋での事である。

 田所は、ここに入り浸っており、店主から声をかけられるほどになっていた。



「毎日、悪いね。 この近くに住んでるのかい?」


 店主が、田所に興味ありげに聞いた。



「いや。 上等学園高校が母校なんだが、懐かしくてさ」



「まいど! 学生時代の常連さんだな!」


 店主は、田所の顔をじっと見つめた後、少し首を傾げた。



「あっ。 常連ってほどじゃなかったから、記憶にないと思うよ」


 田所は下を向いたが、店主は直ぐにフォローした。



「そんな事はないよ。 でも、上等学園高校の生徒にはお世話になっちゃってるから、改めて、まいど!」


 店主は、明るく笑った。



「ところで、今日は何にしますか?」



「そうだな。 今日は、野菜定食にする。 これって野菜炒めなのか?」



「野菜炒めもあるけど、他に野菜の煮込みやあえ物もある。 しいて言えば、複合型定食かな? あっ、そういえば …。 この料理をいつも頼む、高校からの常連さんがいるんだが、背が高くスタイルが良くて、滅多にいないような美人なんだ」


 店主は、思い出してニヤついた。

 それを聞いた田所は、目を輝かせて反応した。



「そんなに綺麗なんだ。 ぜひお目にかかりたいな」



「いつ来るかは分からない。 運が良ければ見られるかもね」


 店主は、大声で笑った。 



「この店の料理は美味いから、しばらく通おうと思ってんだ。 だから目撃できるかもな!」


 田所も、笑い返した。



「まいど!」


 店主は、さらに笑った。



 田所は、こんな調子で毎夜通った。

 

 この男は、自分の目的を達成するためには、なりふり構わず突き進むところがある。


 それは、執念とも言えるもので、まるで刑事が張り込むかのように店の片隅にいた。



 張り込んで、2週間が経とうとしたある日の夜、田所はついに目当てのものを見つけた。



「あっ、いらっしゃい。 まいど、久しぶり!」



「いつものを頼むわ」



「野菜定食大盛り、承りました。 勝手に座敷に上がって!」


 店主の大きな声が、店内に響き渡った。

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