第43話 寂しい者同士

 俺は、改めて貴子を見た。清楚な美人であるが、凄く可愛らしい表情をしている。吸い込まれるように見惚れてしまった。


 しかし、貴子はチームを統括する座長である。最上の上司に対し、変な考えを起こしてはならない。

 俺は、惹かれる気持ちを必死に打ち消した。



 そんな矢先、貴子の手が日本酒の小瓶を掴んだ。



「あっ」


 俺は、思わず声をあげた。



「良いの、気にしないで」


 酌をしようとした俺を遮るように、貴子は手酌で自分のグラスに日本酒を注いだ。

 普段から酒を嗜んでいるようだ。


 綺麗な顔に似合わず、結構いける口なのか、顔色ひとつ変えない。

 かなり酒が強い印象だ。まさに酒豪というべき女性なのだろう。



「はい、どうぞ!」


 貴子は、俺のグラスに日本酒をなみなみと注いできた。


 さすがにキツイ …。



「鈴木座長、ペースが早いですよ」



「そうかな? 百地は、男の癖に女子より飲めないの?」


 貴子は、笑顔で俺を挑発してきた。



「いえ、そんなことは …」


 実際、俺は酒が強い訳じゃなかった。普段は飲まないし、大学の友人と飲んでいても、いつも、ちどり足になってしまう。



ゴクン



「プハ〜」


 俺は強がって、グラスの酒を一気に飲み干した。



「百地、やるわね。 普段から飲んでるの?」



「はい、それなりに」


 俺は、嘘を吐いた。貴子の前で見栄を張ってしまったのだ。



「でも、一気に飲むのはダメよ。 アルコールが体に早くまわって、酩酊するわ。 そうなったら置いて行くからね」


 貴子は、優しく笑った。

 俺の保護者のような言い回しが癪に触る。


 一気に飲んだせいか、急に酔いが回ってきた。

 俺は、気が大きくなり、大胆になってきた。



「鈴木座長は、東京生まれなんですよね」



「そうよ。 高校1年まで離婚した父親と暮らしてたわ」



「確か、両親が離婚されて東京と九州にいたと言ってましたが、その後は、九州に行かれたんですか?」



「そう、九州よ。 離婚した母が、実家に帰ってたの。 家は、母の兄夫婦の代になってたけど、そこに居候させてもらったのよ」



「そうなんですか。 肩身が狭い思いをしたんですね」



「私の伯父だから、そんなことは無いわ。 良くしてくれたわよ」


 貴子は明るく話したが、嘘を吐いているのか、表情が少し暗く見えた。



「百地は、実家がなくて天涯孤独と言ってたけど、ご両親はどうしたの? 言いづらいなら、無理して言わなくて良いけど …」


 貴子は耐えかねたのか、俺に話題をふってきた。



「俺は、母1人子1人の家で育ったんです。 俺が中学3年の時に、母は資産家の男と結婚して …。 でも俺は、 家族として迎え入れてもらえなかった。 お金だけ渡されて、ずっと1人で暮らしてきました。 京都には、中学を卒業するまで居ましたが、その後の高校からは東京で1人暮らしなんです。 それが、今に至るって感じかな」


 俺は、わざと明るく語った。母に対する意地もあったのだ。



「1人でって …。 食事とかは、どうしたの?」



「母と2人きりで生活してた頃に、俺が料理を受け持っていましたから。 だから、自炊は得意なんです。 母は、夜の仕事だったから、家に居ない時の方が多かったし …。 良く考えると、俺はずっと1人だったんです」


 貴子は、同情の目を向けてきた。



「あっ、俺は全然気にしてないから! 1人暮らしって良いもんですよ」


 俺は強がりを言った後、笑い飛ばした。



「でも、あなたのお母さんも寂しかったと思うよ。 自分のお腹を痛めて産んだ子だもの。 たまに、会ってるの?」



「再婚してから、一度も会ってなかったんですが …。 実は、今日の午前、8年ぶりに会いました。 だけど …」


 俺は、一瞬言葉を飲み込んだ。正確に言うと、言葉が出なくなり固まってしまったのだ。


 その後、気を落ち着けて続けた。



「母は、俺に会いたかった訳じゃなくて、相手の男との間にできた不登校の弟のために来たんです。 話を聞くまで弟がいるなんて知らなかったんだ。 笑っちゃいますよね!」


 強がっていたが、思わず涙が出てしまった。俺は、隠すように涙を袖で拭ったが、貴子に気付かれてしまった。



「弟さんに何かあったの?」


 貴子は、心配そうに聞いてきた。



「不登校で心を開かない彼に、兄がいると教えたら、会いたがったそうです。 弟を更生させたら、母の相手の男が、俺を家族として迎え入れてくれるかもってさ。 チャンスなんだと言ってたが …。 俺の気持ちなんて考えてもいないんだ。 史上最悪、最低の母親だろ! おまけに、俺は成人だから、今後、仕送りを取りやめるかも知れないと、相手の顧問弁護士から脅されてる。 今の状況を考えると、大学院に通ってる場合じゃないよな」


 俺は、泣き笑いした。

 

 そんな俺を見て、貴子は何とも言えない表情をした。



「あっ、暗い話をしてすみません。 それより …。 まだ若いのに、京西大学の准教授になったなんて凄い経歴だけど、鈴木座長の話も聞きたいな!」


 俺は、思わず話題を変えた。

 あまりにも惨めな気持ちになり耐えられなくなったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る